July 02, 2006

エウレカセブンの感想(今更ですが・・)

いまさらですが、3月に最終回を迎えたエウレカセブンについての感想です。

エウレカセブンは、私は昨年5月ぐらいから見始め、エウレカセブンのビジネスモデルと感想という文章もこのブログに書いています。

昨年一年間、エウレカセブンのホームページを立ち上げようかなーと考えながらみていたのですが、結局作らずに終ってしまいました。

最終回まで見終わってみて思ったのは、私的にエウレカセブンで一番盛り上がっていたのは、20話だいの前半部分、つまりレントンが家出(?)してから戻るまでの部分です。

とくに、ボダラクの少女を救おうとする話なんかが、私的にはベストエピソードでした。

あのあたりを見ていた頃は、ホームページ作成に熱意をもち、いろいろネタ集めなどもしていたのですが・・

監督インタビューなどで、「後半は怒涛の展開」という発言があったので期待していたのですが、私としては、後半から、むしろ停滞感がありました。

一般に、物語をクライマックに向けて盛り上げるには、物語の進行(謎の解明や戦争の終結など)と、登場人物の人間関係という2つの要素があります。

エウレカセブンは、物語の進行は後半いろいろあったと思うのですが、人間関係の緊張という意味だと、後半はほとんど緊張感(このキャラとこのキャラの関係はどうなるんだろう?)がなくなってしまったような気がしました。

レントンとエウレカが仲良くなり、それまでのレントンの不安感がなくなりました。

ホランドとレントンの関係もとりあえず安定し、一方、タルホは髪を切ってから、怒鳴るだけのワンパターンなつまらないキャラになってしまったような気がしました。

後半における登場人物の緊張関係(視聴者から見た興味の対象)は、

味方:父や姉の失踪の謎

敵:デューイの狙いや動機の謎

といったところが焦点になるわけですが、

前者はほとんど描かれることはなく、後者も、ようやく実現したデューイとホランドの直接の対決も「弟のお前は私には勝てんのだー!」みたいな、北斗の拳を思い起こさせるようなセリフを言われ、かなりガックリきてしまいました。

デューイのあり方としては、以下の3パターンのどれかの方が良かったのではないでしょうか?

①彼がもっと存在感をもち、深みのある思想と発言を行なうキャラとする。少なくとも、視聴者からみて、彼のような考え方もあるよなー・・と考えさせるように。

②いっそ本格的に兄弟喧嘩の確執を中心のネタにして、イデオンや北斗の拳のような盛り上げ方にする。

③何もしゃべらせず、雰囲気だけでおす(エヴァのゲンドウのように)。「金枝編」だけ持ち歩くキャラにしておいてくれれば、後は私のような解釈好きの人間は理屈をいろいろ考えて楽しむ。

さて、エヴァンゲリオンなんかは、謎の解明が進むのと並行して、登場人物の人間関係の緊張関係がどんどん増し、視聴者の関心をひきつけていきます。

富野アニメなんかでも、物語がクライマックスに近づくにつれ、物語の進行(戦争の勝敗)とは別に、とにかく登場キャラの人間関係の緊張感が増していきます。

しかし、エウレカセブンでは、先ほどから書いているように、物語の後半の人物関係の緊張感をもたらす展開が今一歩であったために、話がクライマックスに向け盛り上がるというより、むしろ停滞している気がしたのだと思います。

それに比較し、中盤では、レントンとエウレカ、レントンとホランド、レントンとレイやチャールズの関係など、どれも興味深いものがあり、なんだかよくわからないデューイとホランドの関係ふくめ、うまく緊張感がまわっていた気がします。

その意味では、レイとチャールズが中盤で消えたのは痛かったと思います。いいキャラでした・・。ガンダムにおけるアムロの家出(ホワイトベースから)とランバラルやハモンとの出会いと同じ展開なのですが、ガンダムにおいては、ランバラルがいなくなってもOKで、シャアという強力なキャラがいたために、人間関係の緊張感はどんどん増して行きました。(アムロとララァ、シャアの三角関係、セイラとシャアの兄弟対立など・・)

ガンダムにおけるシャアのように物語を引っ張れる人物がいない以上、レイとチャールズ関連は中盤で一度締めるにしても、レイだけでも温存し、最終回に向けて再度話しを展開させ、最終回(もしくはその1話前)はレイとホランド、タルホの最後の対決と、そこで板ばさみになるレントンとエウレカ、全てを操るデューイ、ぐらいの構成になってれば、最後まで面白く見れたような気がします。(ついでにレイとチャールズの、レントンの父への憎しみネタもからめて父を登場させれば、充分すぎるほどです。今からでも見たい展開。)

以上、登場人物の中盤から終盤までの描き方や構成に文句を書いてきましたが、本当にそれが本質的な問題かというと疑問もあります。

正直言って、全体として、面白い話と面白くない話のレベルが平準化されていなかったというか、序盤は単調な話が多く、終盤は盛り上がりにかけたというか・・

これまで多くのアニメを見てきましたが、途中から、毎回(悪い意味で)脚本家の名前をチェックした作品は初めてです。脚本家によるバラつきがあるのかと考えたためです。しかし、いまひとつ、はっきりとはわかりませんでした。

もしかすると、もともと全部で二十何話かだった予定の作品を、五十話の作品に拡張した段階で、無理があったのかもしれません。

鵜之沢伸常務取締が、「あの品質で1年間やれば絶対人気が出るはず」とどっかのインタビューで以前語っていましたが、このへんの判断(半年より1年の方がいい)に問題があったのかもしれません。

むしろ、半分の話数に詰め込めば、かなり高密度で緊張感ある展開になったのではないでしょうか?

さて、エウレカセブンはもともとゲーム市場を狙ったという作品でもあり、私も、最初のゲームは買いました。

なんといっても、あの魅力的な飛翔感を味わいたかったからです。

ゲームの出来もよく、満足しながら進めていたのですが、いよいよ最後になってLFOで空中が動けるところまでいったとたんに、「!」と思いました。飛翔感やスピード感がいきなり消滅したのです。LFOに搭乗せず、人間でやってた頃の方が、スピード感があるとは・・

そういうわけで、それ以上ゲームを進める気がうせ、PS2の2作目のゲームはやっていません。

バンダイもエウレカセブンへの期待を失ったのか、1作目はあれほど小冊子SIDE-Bで宣伝していたのに、PS2の2作目の発売時には、SIDE-Bでは表紙からタイトル名さえ消えていました。(目を疑って全ページ探すと、最終ページにのみ紹介がありました・・)

なんというか、エウレカセブンという作品は、コンセプトはいいし(後半ソラリスっぽくなる展開もいいと思います)、演出(空のサーフィン)も、ロボットもかっこいいし、音楽、キャラデザインともいいと思うのですが、肝心なところが弱かった気がします。

いろいろ書きましたが、もしかすると、私が歳とってロボットアニメを視る年齢ではなくなったということかもしれませんし、作品の対象年齢が若干低め(レントンの設定からいって中学生)なのかもしれません。そんなことまで考えながら、1年間見ていました(私の年齢からすると感情移入するのはホランドやチャールズのグループであり、2番目か3番目の主題歌はそのへんをテーマにしていたので、そういう30代的な視点ででも楽しめれば良かったのですが・・)

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August 28, 2005

エウレカセブンのビジネスモデルと感想(アナハイムレポート2)

昨日、このブログで教わった、エウレカセブンの1~18話まで一挙放送がありました。

全話見るつもりだったのですが、仕事があり、残念ながら、6話までしか見れませんでした。まあ、とりあえず、6話まで見とけばアニマックスの放送(現在6話放送)には追いつけたということで、今後はそちらで見ようかと思います。

エウレカセブンは、今までのロボットアニメと何が違うのかというと、メディアミックス戦略が本腰で行われている点です。

普通、TVアニメは、本放送が終わってから、再放送したり、DVD売ったり、ゲームになったりするものです。

そういう過程の中で、少しづつ認知されていき、話題を呼んで、やがて爆発的なヒットを迎えるものでした。宇宙戦艦ヤマトであれ、機動戦士ガンダムであれ、新世紀エヴァンゲリオンであれ、日本の大ヒットアニメというものは、常にそういう流れをたどってきました。

そもそも、初放送のロボットアニメを毎週リアルタイムで見るなど、なかなか常人にできるものではないからです(人にもよるでしょうが・・)

ところが、エウレカセブンの場合は、TV放送と同時に、携帯、ブロードバンド、スカパーなどあらゆる媒体で放送を繰り返しています。宣伝も凄いものです。

これは、TV放送の後は、DVD売って、それをマニアやレンタル屋が買って・・とかいう路線を狙っているわけではいことを示しているのと同時に、ロボットアニメの王道であるおもちゃメーカー主体のビジネスでもないことを示してもいます。

とにかく、無料で手広く放送し、できるだけ周知させた上で、エウレカ・プロジェクトは何を目指しているのか?

(エウレカセブンの)発表会に出席したバンダイの鵜之沢伸常務取締役は「バンダイはグループで色々とやっているが、縦割りで横の繋がりがない。バンダイビジュアルは映像素材として売れることを考えているが、OVAの購入層がおもちゃの購入に結びつくことは少ない。そういった中、グループを横断してとりまとめるコンテンツプロジェクトを扱う部署ができた」と語り、「『.hack』がうまくいき、海外では桁違いの販売本数を上げている。 (『.hack』スタイルで) 何本か作っていきたいと思った。そのノウハウが活かされている」とコメントした。(GAME WATCHより引用

なるほど。

レンタル屋でOVAを借りたり、DVD買うユーザーと、おもちゃの購入層は別セグメントだったんですね。これは、確かにそんな感じがします。自分の周囲を見ても。

しかし、OVA狙いでもなく、おもちゃ狙いでもなく、エウレカセブンは何を狙っているのか?

企画のきっかけは、実はバンダイのゲーム制作からスタートしている。2003年の夏頃、バンダイの「機動戦士ガンダム」や「ジオニックフロント機動戦士ガンダム0079」などを制作してきた株式会社ベックの企画で、ロボット物のゲームとしてスタート。ちょうど当時、ボンズでも河森正治氏のメカニックデザインでアニメを制作する企画がスタートしており、ゲームのコンセプトをベースに世界観、ストーリーが組み上げられていったという。

「.hack」を凌ぐ規模のプロジェクトであることは間違いない。「.hack」ではゲームからスタートした初めてのケースということで、後になって派生商品が生まれる展開もあったが、今回は早い時期にコンテンツがリンクしながら発表されていく展開となっている。その中心となるのが4月から放映されるアニメであり、この夏の発売が予定されているゲームだ。

なるほど。最近盛んに宣伝されているエウレカセブンのゲーム。実はあちらが発端だったようです。OVAでもおもちゃでもなく、ゲームが実は真の狙いのようですね。

たしかに、最近、ロボットアニメの世界は大きく変わりつつあり、ゲーム産業とのリンクは大きそうです。なぜガンダムシリーズの中でも「Zガンダム」が映画化されたかといえば、ひとつの理由として、ゲームの「エゥーゴVSティターンズ」や、「ガンダム VS Zガンダム」の大ヒットが影響しているのは間違いないでしょう。

ゲーム産業というのは、OVA業界などよりどれ程大きかったんだっけ?と調べたところ、昨年の野村総研の比較によるとオタク(同社の定義による)ゲーム市場が450億であるのに対し、アニメ市場は200億円です。これは、バンダイの経営者視点で言えば、ゲーム重視になりますね。

ほかにも参考となるデータがないかと、2年ほど前の日経「大人のガンダム」をパラパラめくり、「ガンダム市場は全体で年間500億市場」などの文字を読んでいると・・ウン!なんだこれは!

「国内での成功と海外での挑戦 ガンダムゲームの現在と未来  バンダイ・鵜之沢伸常務インタビュー」

という記事がありました。鵜之沢伸常務って、そういえば、上の引用でエウレカセブンの発表していた人だよな・・バンダイのゲーム責任者だから、両方につながっていても当然か・・と思いながら発言を読むと、

ガンダムゲームは、モビルスーツ戦がメーンでしたから、女性はそうしたゲームよりも、映像作品(DVD)の方にお金を払うんでしょうね。

などという発言も見え、当時から、DVD販売とゲーム販売の関連、性別との関わりなどを問題としていたのがわかりました。(今回のエウレカは男女両方に受け入れられる作品を目指すようです)

しかし、・・なんかこの鵜之沢伸常務取締役は、どこかほかの記事でも見たような・・と思って引っ張り出してきたのが「ゲーム批評2004年1月号」の記事

「成功のカギを握る豪腕プロデューサー 『ガンダムネットワークオペレーション』が成功した理由」

この記事がこの取締役に焦点を絞った記事でした。

それによると、その昔、鵜之沢伸常務はマルチメディアブームに影響を受け、ピピン(というバンダイのゲーム機が昔ありましたねー)に莫大な投資を会社にさせ失敗。ピピンは特損270億の失敗。これによってバンダイは混乱し、セガとの合併話まで(セガバンダイ)登場。鵜之沢伸常務はピピンの後始末をしたあと、閑職で暇をかこったそうです。しかし・・

01年バンダイのゲーム部門の責任者に執行役員として就任する。クソゲーのバンダイが突然変わるのはそこからだ。氏の体制になって、数々のタイトルがヒットし始める。02年以降、日本のゲーム産業の中でバンダイが国内の少ない勝ち組と言われるようになる。新作『エヴァンゲリオン2』のような「2」をかぶせる枠組みは、氏がいなければ絶対に不可能であっただろう。(ゲーム批評より抜粋)

とうとう、エヴァ2まで結びつきました。

確かに、しばらく前まで、バンダイのゲームといえばキャラクター商法でしかなく、せっかくのコンテンツをドブに捨てるような内容ばかりでした。それがここ数年大きく変わり、とくにガンダムゲームをカプコンに作らせるという、ゲームファンなら誰もが夢見たような状況が現実に起きたのをみて、「バンダイも変わったなー」と思わせたものですが、鵜之沢伸常務の影響だっだということでしょうか?

また、もう一点興味深かったのが、どのインタビューでも、鵜之沢伸常務はコンテンツ作りの大切さを語っていた点です。納期をまもることよりも、品質を優先するという・・。

だからこそ、いままでのメディアミックスがどれもたいしたことなかったのに対し、最近のバンダイの作品はどれも力強いのでしょう。

<今回のビジネスの教訓>

・納期よりも品質を優先すること。

・力のない関連会社よりも、本当に実力のある他社に外注すること(カプコンなど)。

まさに、日本企業の多くがお手本とすべきような成功事例です。

このような事情があってこそ、最近のガンダムブーム(ゲームの大ヒットから映画化まで)やエヴァ2の登場もあったのでしょう。

また、最初に取り上げた常務の以下の言葉にも注意しましょう。

「バンダイはグループで色々とやっているが、縦割りで横の繋がりがない。そういった中、グループを横断してとりまとめるコンテンツプロジェクトを扱う部署ができた」

バンダイとしては、単なるメディアミックスのみならず、社内各部門に相乗効果を持たせるための業務改革でもあるわけです。これは、いわゆるカルロス・ゴーン的の言うクロス・ファンクショナル・チームと同じ意味です。部門バラバラではなく、会社としての全体最適を目指すための模索です。

同じような問題(業務の縦割りによる横連携のなさ)が起きたり、それに対する横断チームによる改革の試みなどは、成功不成功はともかく、大企業ならどこでもやっていることです。ただし、バンダイがやると、メディアミックスと同じことを意味するところが、この会社の面白いところです。

もっとも、会社全体としては、あまり成果が出ていないからこそ、5月から報道されているようにナムコとの合併という話になったわけですが・・キーはやはりゲーム業界の問題のようです。

さて、バンダイの視点はひとまず置いて、作品としてのエウレカセブンはどうでしょうか?私はせっかくの無料放送なのに、仕事が入って6話までしか見ていません。ですから、あまりどうこういうほどわかっていないのですが・・

作品自体はとても高品質だと思います。エヴァに似ている部分が多々ありますが・・「人類補完計画」ならぬ「アゲハ計画」に至っては、マネなのかパロディなのかオマージュなのか引用なのか、よくわかりませんが笑ってしまいました。

高品質な作品ですが、エヴァのような大ヒットにまでつながるかどうかは、6話まで見た段階では、正直なんとも言えません。たぶん、本当に大ヒットにつながるには、品質の高さとは異なる何かが必要で、それが6話までだと特に明確には意識できませんでした。もっとも、私が本当にエヴァにはまったのは16話以降ですから、今後の展開しだいです。

私のように解釈好きな人間としては、オープニングにいきなりフレイザーの「金枝篇」が登場する辺りは、とてもそそられます。エヴァでいう「死海文書」よりは、たぶん、まともに活用されるのではないでしょうか?私はフレイザー好きで、6千円だか8千円だか払ってフレイザーの「旧約聖書のフォークロア」なども買っているほどですので、今後の展開しだいでは、エヴァページみたいな感じでエウレカセブンのページも作るかもしれません。

ともかく、鵜之沢伸常務は、ガンダムゲームを救ったという功績のある人でもあり、一方で、今回のエウレカのように無料で放送して別なところで儲けようというやり方は、一般視聴者としてとてもありがたいものです。(いままで、多くの気になっているアニメを、数回見逃して、そのまま見るのやめてしまった経験があるので)

「納期より品質を優先する」というゲーム業界で成功した方法論をTVアニメ界にも持ち込み、素晴らしいアニメを作ったうえで、ゲームとのタイアップを成功させて欲しいものです。

エヴァ放映前に庵野監督がインタビューに答えて言っていた言葉が思い出されます。

「メディアミックスといっても「核」を持たなければ、ただ弱いものが寄り集まってるにすぎません。その核の部分に強力なアニメ作品がくればいいんですけど、現実にはそんな強力なエネルギーをもったオリジナルアニメが、なかなか出てきませんね。」(NEWTYPE 95年1月号クリエイター対談「庵野秀明×貞本義行」より抜粋)

エウレカセブンは、ビジネスモデルとして万端の準備を整え、莫大な広告費用を投じて実行に移し、ゲームも来月には発売になるようです。

後は、核となるアニメがどこまでエネルギーを持つ作品になるのか、期待して見守りたいと思います。

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August 16, 2005

アルセーヌ・ルパンとルパン3世の真の関係

今度、アルセーヌ・ルパンの映画がやるそうです。物語の紹介を読む限り、「カリオストロ伯爵夫人」と、「女王の首飾り(だったかな?)」をベースにしたようもののようですね。

アルセーヌ・ルパンについては、いろいろ語りたいことがあるのですが、今回はルパン3世との関係について語ります。といっても、宮崎駿監督の「カリオストロの城」のカリオストロやクラリスがアルセーヌ・ルパンの「カリオストロ伯爵婦人」からきているとか、ルパン3世の中において、アルセーヌ・ルパンがどう扱われているかとか、そういうよくある話ではありません。

まず、ルパン3世というものは、本来、考えられている以上にアルセーヌ・ルパンを真似したものです。もっとはっきり言うと、漫画版のルパン3世をモンキー・パンチ氏が執筆始めた当初、あまりオリジナルなアイデアがなくて、そのままアルセーヌ・ルパンの話を使っていたのだと思います。

漫画版の第一話は、数名の登場人物の中に、ルパンがまぎれており、それを、名警部(最初はそういう設定だったような・・?)銭形が見破って逮捕する話です。

そして、漫画版の第二話は、前回の続きとして、ルパンが刑務所から脱走する話です。うろおぼえなのですが、確か、長期にわたって刑務所にいて、ルパンはひげ面になり、

「俺はルパンじゃないー!」

とわめきながら、死刑直前にすり替わってにげる話です。

アルセーヌ・ルパンを好きな方ならわかるように、この漫画版の第一話、第二話は、アルセーヌ・ルパンの最初の2話を、そのまま忠実になぞっています。漫画版ルパン3世は第三話以降になって、はじめて、オリジナルネタが使われた記憶があります。

さて、ルパン3世がアニメ化されるさい、漫画版の第二話は、有名な「脱獄のチャンスは一度」という物語になりました。

ここでのルパンは、先の漫画版同様、やはり銭形につかまり、刑務所に入れられます。銭形は、ルパンは脱走するはずだという信念を持っていますが、死刑の日になってしまいます。その日まで、ルパンは、ヒゲもそらず、自分はルパンじゃない!といい続けます。

結局、看守と入れ替わって最後の最後に脱走に成功するのですが、この話は、通常のアニメ版ルパン3世とは様々な点で違和感があります。

・ルパンが銭形にまともにつかまる点

・ルパンが刑務所で1年間も動けない点

・そのため、ヒゲ面になる点

・銭形がルパンの脱走を信じている点(→これはいつも同じか・・)

ルパン本人は、自分が1年間逃げなかった理由を、プライドの問題(銭形につかまったのがショックで、復讐のため、ぎりぎりの瞬間まで待った)として説明しております。

しかし、そうではなくて、この話は先ほどもいったように、アルセーヌ・ルパンの物語をそのままパクっている(表現悪いですね・・盗んでいる といい直しましょう)のです。

だから、1年間も脱走せずヒゲ面になったのです。ちなみに、なぜ、アルセーヌ・ルパンが1年も脱走しなかったのかというと、第一話での失恋と、体調管理に刑務所生活もいいと思ったからです。

では、さらにさかのぼって、なぜアルセーヌ・ルパンが第一話でつかまったのかというと、もともと、原作者のモーリス・ルブランは、一話限りの短編として書いたからです。それが、評判良かったため、続編作って活躍させるために、第二話は刑務所から抜け出す話を作ったわけです。

さて、アルセーヌ・ルパンを第一話で逮捕するのも、第二話で、脱走を期待(?)するのも、名警部ガニマールです。彼が、そのままルパン3世の銭形警部に引き継がれたわけです。

もっとも、銭形警部は後にはかなりマヌケなキャラになってしまいました。もともとは、名警部ガニマールのイメージだったはずなのですが・・

ところが、以前スーパーチャンネルでやっていた、フランス製作のアルセーヌ・ルパンのドラマシリーズを見ていて驚きました。名警部ガニマールが、今度は銭形同様のマヌケ警部になって、笑いをとるキャラに変わっていたのです!!

これは、あきらかに、日本のルパン3世の影響が逆流して本国フランスでのアルセーヌ・ルパンものに変化を与えたのだと思います。

さて、私は、アルセーヌ・ルパンと聞くと、まず浮かぶイメージは「哀愁」もしくは「悲哀」です。なぜ、あれほど快活で情熱的で、絶対的に万能なキャラクター(第一次世界大戦でさえ、彼が何人かいればすぐ終了すると言われている)が、不幸の連続にみまわれなくてはいけないのか・・人間にはどれ程の能力が備わっていようと、運命には逆らえないということを感じさせるキャラクターです。(007で言う「女王陛下の007」と同じですね。でも、ルパンは何度もですからねー。泣けます・・)

今回の映画では、おそらくそれ程不幸な結末にはならないのではないかと思いますが・・

映画紹介はこちら

ルパン公式サイト

*以前パリに行った時、アルセーヌ・ルパンのオペレッタ向けの作品を見つけました。日本では当然出ていないので、自分で翻訳しようかと思ったのですが・・もうフランス語もすっかり忘れてしまいました。残念。ヒマができて翻訳したら、ホームページで公開するかも。

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August 10, 2005

あしたのジョーのラストの解釈について

このブログのいつものテーマとは若干ずれるのですが、漫画「あしたのジョー」については、以前から解釈論文を書きたいと思っておりました。

今回はその予告編です。

私は、「あしたのジョー」ほど難しい話はないと思います。あれの解釈に比べれば、文学や、世の中の大抵の問題の方がよほど簡単です。

理由の一つは、原作の梶原一騎氏の作風と絵のちばてつや氏の作風とが根本的に異なっており、物語のいたるところでその矛盾が吹き出る寸前になっているためです。それが、かろうじて物語を壊さず、奇跡的なバランスを保って、梶原氏の作品でもちば氏の作品でもない、独特の世界を生み出すことになりました。

有名な例では、力石の死があります。

あれは、ちば氏がボクシングのルールを不十分にしか知らず、ジョーより巨体に描いたため、梶原氏が困って減量という設定を持ち込み、その流れで死んでしまったと言われています。

本格的に論じると話がとまらなくなるので、今回は作品ラストの展開に限ります。

問題を時系列にまとめると・・

①梶原一騎氏が、「あしたのジョー」のラストの原稿を完成。

②ちばてつや氏が、そのラストを拒否し、自分がラストを再作成することを梶原氏に提案。

③梶原氏は受諾し、ラストから手を引く。

④ちばてつや氏は、編集部の協力も得てラストを再検討し、完成。発表。

⑤梶原氏の「ジョーは死んだ」発言。

⑥ちば氏の、「ジョーは、大人には死んだように見え、子供には、次こそはと思わせるように作った」発言。

⑦アニメ版(映画、テレビ)において、監督の出崎氏は、ジョーの死を確定として表現。

⑧梶原氏死去。

⑨(7~8年前)ちば氏の、「ジョーが死んだかどうかの私の本当の考えは墓場まで誰にも言わない」発言。

⑩(おととしぐらい?)ちば氏の、「ジョーは死んでない」発言。

この問題についての私の解釈は論文に譲りますが、ここで指摘したいのは、「あしたのジョー」という作品は、梶原氏とちば氏という全く異なる個性の二人の本当の意味での共作であり、同時に、どちらの作品でもないことです。

上の例はわかりやすい例ですが、あらゆるシーンが、本当は、2人の作家の意図やスタンスの矛盾を内包し、ぎりぎりのところで一貫性があるかのように見えている奇跡的な物語だと思います。

私はこの点を論証するために十分な調査を行いたかったのですが、仕事で時間もあまりとれないため(ロボットアニメに時間をとられすぎているだけ?)、見切り発車で(不十分な資料で)とりかかろうかと思っています。

そして、ラストに関する新説(?)も含めて、とりあえず完成したら、見てもらえるかどうかはわかりませんが、ちばてつや先生に送ってみようと思っています。(もちろん、ホームページでも公開します)

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August 07, 2005

サーフィンの思い出1(エウレカセブンを見て)

現在放映中のロボットアニメでエウレカセブンというのがあり、見たいという気はあるのですが、日曜朝7時の放映ということもあり、ほとんど見ていません。

仮面ライダー、マジレンジャー、ウルトラマンといった作品群よりも早い時間帯の放映ということは、一体誰がターゲットなんだ?というところです。日曜朝七時に起きる人とは・・?同時間帯の放映は「快傑ゾロリ」ですから・・小学生?。→ビデオとれということかな?

もっとも、そのせいかどうかはわかりませんが、ネット配信やアニマックスでの同時放映などもやっているようなので、そっちの方で見てみようかとは思っています。

そういうわけで、朝起きてくると、大体、終わりの方をちょっと見るだけなので、話そのものは全く理解していないのですが、印象的なのが2点あり、ひとつは、エヴァをなんとなく思い起こさせる点、もうひとつは、空をロボットでサーフィンするシーンが気持ちよさそうでいいなあという点です。

ということで、今回は、このブログに似合わず(?)、サーフィンネタを書かせていただきます。

私は、日本でサーフィンしたことはないのですが、以前、よくハワイに行っていた時に、意を決して(?)、某元世界王者が設立したサーフィンスクールの入門レッスンに行ったことがあります。(2時間コース1回限りのもの)

当日行って見ると、同時にレッスンを受けることになったのは、巨大な白人4人組みでした。地上での説明は問題なくおわり(日本人には日本人のインストラクターの方が説明してくれました)、海に入って、アメリカ人インストラクターについて泳げとのこと。

巨大なボード(ロングボード)を抱えておいかけていったのですが、どんどん沖へいきます。(ワイキキは遠浅なのです)。

最初は、「水泳は好きだし、軽い、軽い」とついていったのですが、予想より遥かに沖まで進み、しかも、周囲の白人達のスピードの早いこと。みるみる距離が開いていきました。

「まずい、レッスン受ける以前に脱落しつつある・・」

あわてて、全力で泳ぎ、レッスン地点までついたときには、全身ぐったりでした。

「これ以上、泳げない・・もう身体が動かない・・」

しかし、他の受講生は皆元気で、全く平然としています。

さて、サーフィンの練習が始まり、波にのって立つ練習をするのですが、これは面白いものでした。ロングボードのため、比較的立ちやすいのです(失敗の方が圧倒的に多かったのですが)。立てたときの波にのっている感覚はとても気持ちいいもので、いまでも、エウレカセブンでロボットが波に乗っているのをみても、「いいなー」と思ってしまいます。

ところが、一回波にのったり(失敗したり)するたんびに、今度は、また沖にいるインストラクターのところまで、泳いでいかなくてはいけません。既に最初の1回目でボロボロになっていた私には、波に抗して沖へ進むのはひどく骨の折れる作業でした。

何度かやり、「残念ながら、限界だ・・。いくら泳いでも沖に進めない・・もう終わらないかな?」と時計を見ると、まだ一時間しかたっておらず、残り一時間あります。

ここで、真面目にやることを断念。身体を休めるために、ボード上でぐたっーとなり、死んでいないことを示すために、一応身体のどっかをうごかし続けるという行為を折り込みながら、体力の回復状況に応じて、たまには波にのるというパターンに切り替えました。

それにしても、周囲の白人達は、2時間フルにアクティブに動き、インストラクターに至っては、ボードの上で逆立ち(三角倒立)を行って波にのるという芸当を見せていました。

というわけで、サーフィン初体験は、自分の人生史上、最大の筋肉痛経験をもたらすことになったのでした・・

さて、次にハワイに行った時、こりもせず、前回の雪辱戦を行おうと考えました。

しかし、前回同様にやっても、ろくなことにはならないだろうと思い、「どうも一緒に組んだ巨大なメンバー達と体力差がありすぎたのが問題だ。マンツーマンレッスンに切り替えよう」と考えました。

しかし、マンツーマンレッスンとなると、まともなサーフィンスクールだと値段が高くなるので、ワイキキに多数存在する、ビーチボーイのレッスンを受けようと思いました。

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以下、また長くなるので、とりあえず今回はここで終わり、次回とします。

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July 19, 2005

宇宙戦艦ヤマト復活について

私はあんまり最新ネタに敏感ではないので(通常アニメ誌も読んでいない)、宇宙戦艦ヤマトが復活するという話はしりませんでした。詳細はこちら
もっとも、20年ほど前に完結編が放映した直後から、復活させる話はずっとあったといえばありましたが。

さて、私は、ヤマトブームの最後に引っかかった世代だったと思います。
本当に心の底からヤマトにはまった世代はもう少し上になるのでしょう。

ですから、あまりヤマトについて、批判的に語るのは気が引けるものもあるのですが、それでも特に言いたいことを数点言わせてもらいます。
一応、その前に言い訳しておきますと、ヤマトが音楽面やSF面で成し遂げた驚異的な貢献、物語の面白さなどは全て認めています。

しかし、当時、ヤマトブームの末期にのっかった小学生だった頃と違い、それなりに視野も広がってくると、やはりヤマトに対しては複雑な気持ちが残るということです。

1.宇宙戦艦ヤマトとエンタープライズの違いについて
宇宙戦艦ヤマトは、旧日本軍の戦艦大和を復活させます。
そして、主要人物はみな日本人。
それに対して、敵は、デスラー総統をはじめとして、常に欧米人をイメージさせます。
(宇宙人でも女性キャラは白人系美人で登場)
音楽も軍国調。
これらの設定は、全て非常に意識的に行われたと思います。
たしか、西崎プロデューサーのお父さんが海軍の士官だったためだと記憶していますが・・
ようするに、太平洋戦争で負けたことに対する強い思いが、戦艦大和の復活から、白人系帝国との戦い(女性のぞく)から、特攻から、全てに出ています。

そのへんの話については、まあ、私が批判するまでもないと思いますので置いておきます。
製作段階から、松本氏とのあいだも含めて、かなりもめていたようですから。

ただ、私がずっと後にスタートレックシリーズを見たときほど、宇宙戦艦ヤマトに落胆したことはなかったということはいいたいと思います。
スタートレックシリーズは、やはり大平洋戦争時のアメリカの空母エンタープライズ号のイメージをもとに、宇宙船エンタープライズ号が宇宙にのりだす物語です。
アイデアだけは、宇宙戦艦ヤマトが宇宙船エンタープライズのマネをしたようなものですが、コンセプトがあまりに違います。

エンタープライズ号は、日系人(というかアジア系)、アメリカ系、ロシア系(当時は冷戦でアメリカの敵国人だったことに注意!!)、黒人系(・・出身地域は忘れた)というように、世界中のメンバーを集めて乗組員が構成されています。
艦長こそ、白人男性でしたが、その後のシリーズでは、黒人、白人女性といったように、意図的に変更しています。アジア系(というか黄色人種)が艦長で主役のシリーズこそありませんが、主役艦でなければ、存在しますし、アジア系はつねに重要な役割でメンバーとして参加しています。

製作のジーン・ロデンベリー氏は、日本にきて神式で結婚式したりしています。

つまり、何が言いたいのかと言うと、
1940年代 太平洋戦争
1960年代 スタートレック(エンタープライズ号乗組員は、敵国ロシアや旧敵国の日系、黒人を含む世界の人種から集められ、地球人レベルでは団結し、宇宙の未知を探索に行く)
1970年代 宇宙戦艦ヤマト(ヤマトの乗組員は、日本人であり、敵は白人系。美人(これについては常に味方)もおおむね金髪白人系)

この、エンタープライズとヤマトの違いは大変大きなものがあります。
スタートレックでは、宇宙人との交流が、異文化交流の問題や人種問題、性の問題などに迫る題材になったのに対し、後発のヤマトでは、敵を滅ぼすか、滅ぼされるかの話でしかありませんでした。

2.エンターテイメントとしてのヤマトの本質とは?

宇宙戦艦ヤマトのオープニングでは、以下の言葉が流れます。
「かならーずここへー、かええーってくるとー」

この一言の重みが、どれほど意味を持っていたのかに気づいたのは最近です。
最初のヤマトでは、地球を浄化するために、必ずヤマトは生きて帰ってくる必要があったのです。
そのために、毎回、絶対絶命の立場に追い込まれながらも、なんとか機知により脱出していました。

敵は、今度こそヤマトは終わりだ!と万全の体制をひくのですが、毎回、見事に切り抜けるのです。
ある意味、(悲劇的なノリや戦争ものである以上に)ヤマトにはパズルゲーム的な面白さがあり、それこそがエンターテイメントとしてのヤマトの本質だったと思います

それに対して、続編以降は、地球に必ず戻る必要がなくなり、目的は、単に敵を倒して地球を守ることに変わりました。
その結果、ラストは特攻というパターンが、戦艦大和に引きずられて頻発しました。
もし、地球に戻らなければならないという命題が生きていれば、たぶん、最初の物語のように、何かしら機略で突破したのではないでしょうか?
逆にいうと、最初のシリーズを見ていると、特攻ですませられるのなら楽なところを、そういうわけにもいかずに皆必死に考えて苦労しているように見えます。

つまり、敵が毎回強くなるのに反して、ミッションとしては、一段低いものになっているのです。(敵をやっつければ生きて戻らなくてもよい)。

ということで、以上2点で何を言いたかったのかと言うと、
今からヤマトを復活させるのであれば、人種・文化の多様性という点は考慮してもらいたいということ(スタートレックではすでに60年代にやっていた)、もうひとつは、ヤマトのミッションを最初のシーズン並みに厳しくし、必ず生きて帰るというミッションを与えて欲しいということです。

そういう条件があってこそ、敵が強大であるのに比例して、ヤマトの任務も厳しさをまし、突破したときの爽快感も増そうというものです。
特攻は、敵に包囲されたパズルの謎解きとしては、ほめられない解決策だと思います。

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June 26, 2005

ウルトラマンネクサス最終回

ウルトラマン・ネクサスが本日で(正確には昨日か・・)最終回を迎えました。
正直言って、たまにしか見てないので、よくわかっていないのですが・・
最終回見て初めて

、「あー・・エヴァンゲリオンを意識してたのか・・」

とようやく気づきました。

いまさらいうのも、本当に遅いのですが(最終回終わったとこだし)、みんな知っていることばかりでしょうが・・

・ウルトラマンに変身できる人が、特定の人ではなくて「適能者」であるのは、もちろん、エヴァの「適格者」。例えば第一適能者とか、言い方まで同じ。
・ウルトラマンの敵が「スペースビースト」というのも、エヴァで使徒がビーストと言われていることからきている。
「光の巨人」「黒い巨人」という対比表現もエヴァ。(もともとはウルトラマンがオリジナルだけど)
・組織が重層構造になっている点もエヴァを感じさせる。
・最終回で、ターミナルドグマ(違うって・・)に侵入され、世界の終わり(?)がきそうになるのも、エヴァの24話と同じ。とくに、悪い人(すいません・・全然見てなかったので、彼がなんなのかもよくわからない)が空中に浮かんで、巨大なウルトラマンと対峙する場面など、まさに実写版エヴァ。(美少年ではないが)
・そういえば、「シンクロ」という言葉もそのまま使っていた。
・終わりに入るナレーションも、似たようなこと(?)言っていた。
・やや強引だけど、適能者の女性隊員が少女時代の母の死の思い出も、アスカから(?これは違うかな)

いっそ、最終回の基地内部に侵入されたシーンでは、音楽も「第九」にしてしまえば、演出としても迫力でたのではないかとか、ウルトラマンの量産型(?)を登場させ、生命の木でも作ってしまえば、かなりカルトなインパクトをもてたとか、余計なことを考えてしまいました。

ウルトラマンシリーズとしては、最も、実験的なストーリーだったと思うのですが、あまり見る気になれなかったのは、ウルトラマンシリーズに期待されている以上に話が難解だったのと、画面が暗かった部分が大きいと思うのですが、もしロボットアニメだったら、難解とは言われないレベルだったでしょう。

その意味では、対象年齢をどこに持つかが、難しかったのかもしれません。
去年の仮面ライダーブレイドにしろ、ウルトラマンネクサスにしろ、幼稚園~小学生向けの時間枠で、中高生向けのテーマでやること自体が難しいのかもしれません。
複雑そうな話の割には、ラストは一般的だし(?よくわかってないだけかもしれませんが)
結果として、仮面ライダーも今年はずっと娯楽路線だし、ウルトラマンも次回のマックスからは、娯楽路線のようで、昔懐かしいキャラクターも登場するようです。

結局、ああいうキャラクターものは、
①子供向けに商品を売るのが基本
②できれば父親層も取り込みたい
③斬新なテーマ設定をやりたい→これは製作者側の気持ちなのか、中高生受けを狙っているのかよくわかりませんが・・

デカレンジャーやマジレンジャーなどの戦隊シリーズは①に徹しているのに対し、ウルトラマンや仮面ライダーは①と②と③がごっちゃになっていて、シリーズごとに、力点が変わっていると思います。
まあ、このへんはガンダムシリーズでも同じかもしれません。

いっそ、土日の朝にやるのは、子供向けか、せいぜい親子向けということに徹し、それ以上の意欲があれば、時間帯からして変えたほうがいいのではないでしょうか?
もし、中高生以上向けウルトラマンに徹すれば、それはそれで興味深いし、売る商品も違ってくるでしょう。

なお、個人的意見ですが、最も大人向けのウルトラマンは、初代ウルトラマンだと思います。次がセブンでしょうか?

なぜ、初代ウルトラマンが、大人向けかというと、話にパロディ視点というかユーモアが含まれているからです。
大人と子供が同時に見て、それぞれが全く違う理解ができるのが、初代のウルトラマンだったと思います。

つまり、難解な設定や、次々に深まる謎があるから大人向けというのは間違いで、むしろ、大人になると、いくら難解な設定やられても、しょせん、ウルトラマンはウルトラマンでしかなく、真面目に見れるものではありません。

それを、大人でも感心させるように見せようと思えば、子供は子供なりに楽しめ、大人は全く異なる視点で話を見ることができる路線ではないかと思います。
例えば、ウルトラマンで、お坊さん読んで、怪獣の遺影を飾ってお経を唱えるシーンがありますが、ああいうのは、子供はむしろ真面目に見て、大人は大笑いでしょう。

子供は、怪獣と正義の超人の戦いとしてみればいいし、大人は、むしろ、例えば国連軍とイラク問題とか、北朝鮮の核問題とか、日中問題、日韓問題をそこから読み取れ、ある時はシリアスに、ある時はユーモラスに考えさせるというのが、理想です。

このへんのイメージは完全にスタートレックのイメージなのですが、数十年にわたって放映されるSF長寿番組がどうあるべきかという点で、参考になるのではないでしょうか?スタートレックは、宇宙人という設定を使うことで、人種問題や宗教問題にも、通常の社会派ドラマ以上に、どんどん踏み込んでいます。
(スタートレックはスタートレックで、シリーズによっていろいろ違いますが・・ウルトラマンに一番ふさわしいのは、初代スタートレックの能天気なノリだと思います)

子供は単純にヒーローとして楽しめ、大人は懐かしむだけではなく、むしろ、現代社会のパロディとして笑ったり、怪獣とウルトラマンという隠れ蓑を使うことで、国際問題、人種問題、宗教問題などに、かえってドキュメンタリー番組以上の鋭い突っ込みを投げかけたり、そういうウルトラマンを見てみたいなーというのが、子供につきあってヒーローものをみざるをえない大人としての意見です。

ウルトラマン・マックスは親子で見ることを意識していると思うのですが(昔の怪獣登場させたり)、単に親からみて「なつかしーなー」と喜ばせるだけでなく、「これはニュース番組より奥が深い・・」というような、はっとさせられるような鋭さも持ってくれるでしょうか・・?

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May 17, 2005

携帯TV電話購入

おととい、携帯を買い変えました。とりあえず、海外でも使えるやつを選んだのですが、よく見たら、TV電話機能付でした。使ってみて、超感動しました。
ほんの一昔前までは、TV電話って部屋の中にカメラおくような、かったるそーなイメージがあったのですが、こんなに自然な感覚で利用できるなんて・・
もう、普通の電話には戻れませんね(って、同型の携帯持っている人としか使えないんでしょうけど)
もちろん、自分の携帯が海外でもそのまま使えるということも、考えてみれば驚くべきですが・・

少し前までファミリー劇場でやっていたウルトラセブンを見たとき、隊員の人たちはTV電話みたいのを皆持っていて、画面で相手の顔見ながら会話しているので、まだ世の中ここまで追いついていないなーと思っていたのですが、すでに超えていたようです。夢の段階から、普及するまでに約30年かかったという感じでしょうか。

では、次は何が来るのでしょうか?
技術の進歩が早いので、最近は、映画の方が、追いつかれないように必死になっています。
007の作品では、車に消える機能みたいのがついていたし、マトリックスでは、たしか、電話線で相手のところに移動したりとか、観客を驚かせるのにあの手この手と頑張っています。

アニメで思い出深いのが、ガイナックスの「トップをねらえ」。たしか、宇宙にいる父が地球にいる娘を思い出すとき写真を見るのですが、それが、次には動画になり、最後はホログラムになることで、時代の推移を端的に表現していました。

となると、いよいよ次は、携帯3Dホログラム電話の出番でしょうか?
電話をすると、相手の立体映像が、目の前に現れるという・・ちょっと怖いな。
間違っても仕事関係の人とは話したくない。
逆に、映画の宣伝などには使えそうです。

前にも書きましたが、セガが昔作っていた(ような気がする)3Dホログラムの特許出願中のゲームはどうなったのでしょうか?
あれを使えば、まさに次世代ゲームでしょう。
セガがいつの日か、ハードメーカーとして再参入を果たす日を待っている人は多いと思いますが、是非ホログラムマシンで復活して欲しいものです。

私はヴァーチャルものに弱いので、任天堂のヴァーチャルボーイ(赤と黒の画面で裸眼立体視でゲームする)も買ったし、ディズニーランドのキャプテンEO(の海賊版DVD)も買いました(TVでは飛び出てきません・・ディズニーランドの3Dメガネ持ってきてつけて、気分だけでも味わいたいものです)。

昔のセガは、3Dホログラムゲームのほか、R360という360度回転するゲーム機(アーケード)も出していました。どちらも一回500円。R360に乗ったときは、かばんを肩にかけたままのったため、ちょうどまっさかさまになった状態でかばんが落ち、異常を感知してマシンが止まり、ひっくり返った状態のまま、係りの人の助けを待ちました・・

聞いた話によると、ガンダムブーム全盛の頃は、無重力体験コーナーもあったようです。私はプラモしか作っておらず、知りませんでしたが。

ロボットアニメの世界も、前に書いたLAND WALKERで一歩実現に近づいたことだし、遮蔽物を配置し、さらにホログラムのダミー発生装置もつければ、かなり面白いものになるのではないでしょうか?

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May 10, 2005

LAND WALKER

さて、しつこく富野監督×高橋監督対談について書こうかとも思っていたのですが・・
話題のLAND WALKERのホームページを初めて見ました(ちょっと遅すぎ?)。
それにしても、すごいですねぇ・・

最初からバルカン砲ショットガンを完備しているところが・・

まさに、ロボットアニメ好きが、ロボットアニメ好きのために作った夢のマシンといったところです。

さっそく買おうかと思いましたが、値段は3,400万円!これじゃ私の年収並だ(ウソ)。
35年ローンで家一件買う値段ですね。
量産効果で値段が一桁安くなって、ようやく車並みですね。
どこに置くか悩みどころですが(駐車場には置けないなー)。
とりあえずお金を貯めましょう。

データ    全高     3m 40cm     総重量    1000kgw 搭乗人員   1名    動力    エンジン(250cc)     移動方法   すり足二足歩行    移動速度   時速1.5km/h  搭載装備   エアー砲 2式 (クッションボール)             右側 バルカンタイプ(6発)             左側 ショットガンタイプ(6発)           コクピットモニタ(切替式)             本体の前下、後下

ガンダムのようには戦えませんが、ボトムズのバトリングルールなら、今すぐでも可能ではないでしょうか?
あの大きさなら、遮蔽物を工夫すれば、いきなり、観客から見ても面白い試合ができるでしょう。
もっとも、クッションボールでは倒れないかもしれませんが(^^)

とりあえずはマシンを使った公式(?)試合などバトリング方式ではじめれば、あっというまに開発費はもととれそうですね。地方自治体も、カジノの導入など検討するよりもバトリング賭博(?)の法制化を進めてほしいものです。

もうひとつの方法として、F1みたく企業スポンサーをつけて、より高性能化をはかりながら、世界を転戦という方向もいいかもしれません。

地方自治体の収入源としてのバトリングと、優秀なマシンやパイロットでの世界レベルでの戦いの2段構えでどうでしょうか(ってそれじゃ競馬か)

現在のところは戦う相手もいないようで、なつかしのインベーダーと戦っていました。
つくづく楽しませてくれます。

まだホームページ見てない方は、是非見てください。歩行シーンと射撃シーン(インベーダー相手)の動画が見られます。

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