October 13, 2006

ヤマト、ガンダム、宮崎アニメ、エヴァンゲリオン、ゲド戦記における人種問題2

さて、前回に引き続き、アニメの人種問題の話です。

しかし、その前に、前回頂いたご指摘をもとに、宇宙戦艦ヤマトについて、若干話を整理しなおします。

まず、私が書いた前回の趣旨は、

大和を復活させてヤマトとし、日本人だけでデスラーと戦うというストーリーは、太平洋戦争の敗戦コンプレックスからきているように読みとれる。

ただし、西崎氏も松本氏も、そういう話を最初から作ろうとしていたわけではない。

ということでした。

それに対し、ご指摘いただいたのは、

1.デスラーなどは、白人は白人でも、アメリカというより、ナチスからきている。

2.ヤマト以前、おもちゃにおいては「大和」が人気アイテムであった。

ということでした。

これらのご指摘を踏まえて考え直してみるに、大和を復活させてヤマトとするというアイデアは、反米というよりは、単におもちゃを「大和」にかこつけて売ろうという、スポンサーサイドの意向だったのかもしれません。

また、全員日本人というアイデアも、思想的なものよりは、当時のウルトラマンや戦隊物のイメージに近い(基本的に日本人のみで地球を守る)のかもしれません。(つまり、おもちゃ屋さん的には、いつもと同じ自然な流れ。)

また、白人vs日本人という構図も、反米というよりは、むしろ、アメリカではなく日本こそが打倒ナチスという、正義の味方の役割をやれたら、かっこよかったんだけどなー・・という、当時の少年達の気持ちが反映されているのかもしれません。

また、ヤマトの「特攻」についても、もともとヤマトは初期の企画書でもほぼ全滅設定だったため、大和の特攻とはあまり関係ないのかもしれません。

ついでに言うと、テレサやスターシャのキャラも、松本氏のいつもの作品と通じるものがあり(メーテルやら千年女王やら)、モデルは奥さんとの説もあることから、それほど白人コンプレックスというわけではないのかもしれませんが・・

このへんは、まだ実態はわからないところもありますが、以上のような可能性もあるという前提で、次に進みたいと思います。(つまり、私が前回書いたのとは逆に、ヤマトに敗戦コンプレックスや欧米コンプレックスをあまり見ない解釈もありうるということです)

さて、次はガンダムです。

宇宙戦艦ヤマトに少しだけ関わり、西崎氏と喧嘩別れした富野氏は、「ヤマトをつぶせ!」という一念で、「機動戦士ガンダム」を作ります。

(注:このへんの詳細は、ガンダムのホワイトベースはなぜヤマトより強いと言い切れるのか?を参照ください。)

ここで、富野氏は、あたかも、日本人だらけであるヤマトに対するアンチテーゼであるかのように(?)、主要キャラから日本人を外しました。

ハヤト・コバヤシは日系ですが、柔道やったり背が低かったりと、ステレオタイプのかっこわるい(?)日本人となっていました。

また、主人公のアムロも、人種的に曖昧にみせていました(初期資料には漢字ネーミング版もありましたが・・)

そして、主要人物には黒人(リュウ)もいれようとしました。

つまり、白人、黒人、東洋人など混成チームでホワイトベースのクルーを構成することで、宇宙世紀の未来を表現しようとしたわけです。

この辺の意識はヤマトとは大きく異なり、スタートレック並みです。

推測ですが、スタートレック並に人種問題に配慮することで、ヤマトの設定の古さを、明確にしようという意志があったのではないでしょうか?

ところが、アニメにおける黒人というものは、当時、表現上もめる面がありました。(具体的には、サイボーグ009における黒人表現が抗議を受けたりした)

そこで、スポンサーが黒人をクルーにすることを嫌がり、結局、彼(リュウ・ホセイ)は、黒人ではなくなりました。

もっとも、それまでの日本の作品で、人種問題をそこまで意識している作品はあまりないため、普通の人は誰も気にとめませんでした。

ところが、一人だけ、ホワイトベースに黒人がいないことに疑問を呈し、突っ込みを入れた人がいました。

現スタジオジブリの高畑勲氏です。

彼は、いくら009の問題があるとはいえ、スペース・コロニーの時代に黒人が不在なのはおかしいと、ガンダムの設定の不備を指摘しました。

打倒西崎氏、打倒スタジオジブリを目指す富野監督としては、おそらく、これは、気にしないわけにはいかない指摘だったのでしょう。

ガンダムというのは、基本的に、高畑氏や宮崎氏、富野氏などが製作した「アルプスの少女ハイジ」と同じで、白人の金髪のお姫様(お嬢様)ものなのですが(セイラにしろ、F91のヒロイン(名まえ度忘れ)にしろ、カテジナにしろ、ディアナ様にしろ)、富野監督は、とにかく黒人も出さなくてはと思い続けたようです。

ついに、Vガンダムでは念願かなって、とうとう主要メンバー複数人の色を黒くし、そのことを誇らしげに語っていました。その中には、ヒロイン(?)のシャクティも含まれていました(インド系のイメージかな・・)。

そして、ターンエーガンダムにいたり、主人公の色までも黒系にすることになりました。

こうして、ガンダムの人種問題は、20年もかけて、いちおう、一区切りついたのでした。

以下、続く・・

| | Comments (21) | TrackBack (2)

October 07, 2006

ヤマト、ガンダム、宮崎アニメ、エヴァンゲリオン、ゲド戦記における人種問題1

以前から考えていたテーマとして、日本のアニメの人種問題があります。

とりあえず、宇宙戦艦ヤマト、機動戦士ガンダム、宮崎アニメ、エヴァンゲリオン、ゲド戦記といったところを辿っていきます。

なぜ、この諸作品を選ぶかというと、世に与えた影響も大きいし、また、その人種問題への関わりもそれぞれ特徴的だからです。

また、製作者が様々なに絡み合っている点も興味のひとつです。

以下、いつもなら各監督の発言やその出所を明示しながら書くところですが、苦労して書いた挙句に最近のように著作権問題でつつかれるのも面倒なだけなので、発言は特に明示せず、主旨だけ書きます。

まず、宇宙戦艦ヤマトです。

私は、以前、このブログで、宇宙戦艦ヤマトの人員構成(全員日本人・・)を例に引きながら、アメリカ産のスタートレックと比較して書いたことがあります。(参考:宇宙戦艦ヤマト復活について

敗戦コンプレックスをそのまま出したヤマト(日本人vs白人。大和の復活など)と、第二次大戦の勝者も敗者も、冷戦時代の敵対者も含めて皆で一致団結する未来を描いたスタートレック(白人のほか、日系人、黒人女性、ロシア系など敢えて意図的に主要メンバーとした)を比較したものでした。

また、このような作品をあの時代に生み出したロデンベリー(彼は、何と結婚式はわざわざ日本にやってきて神式で行なった!!)の卓見と、アメリカへの恨みつらみをアニメで表現した西崎氏(たしか親が海軍士官)とを比較したものでした。

要するに、いつまでも敗戦コンプレックスを持ち、日本人で固めて大和を復活させ、敵と破壊戦争を行なうという完全懲悪の物語しか作れなかった日本のアニメと、世界一致で(宇宙人も一人、強烈なバルカン人がいたか・・)問題解決に当たらせ、人種問題、思想問題など様々な社会問題を比喩的に描いたスタートレックを比較し、日本のアニメのレベルについて嘆いたものでした。

しかし、しばらく後で、どうも自分のこの認識は間違っていたことに気づきました。

西崎氏がヤマトを軍国調にもっていったという非難は、実は松本零士氏の発言をそのまま信用したものだったのですが、西崎氏の作った初期プロットを見る限り、実は、宇宙船の乗組員は世界各国の当番制であり、たまたまこの年が日本人当番だったのでした。

また、スターシャやテレサに該当する女性はいません。(企画書は、宇宙戦艦ヤマトとさらば宇宙戦艦ヤマトをあわせたような内容です)

また、船も、旧日本海軍の戦艦大和とは無関係です。ただ単に日本人が当番のときの船だったからヤマトと名づけたように読みとれます。

設定的には、世界各国から乗り組み員を集めるプランを持っていた西崎氏と、軍国ものにするのに反対だった松本氏のアイデアが組み合わさる過程で、どうして全員日本人の乗組員で、旧日本軍海軍の大和に乗るという設定になったのでしょうか?

ちょっとわかりませんが、テレビ局の意向なのか、他の誰かの意向なのか、議論の結果なのか・・

ともかく、

・西崎氏の持っていたアイデア:世界各国の乗組員の中で、たまたま日本が当番だった。船も旧海軍の大和とは無関係。ただし、音楽やデザインは旧日本海軍調にしたい。

・松本氏の持っていたアイデア:一人、核になる女性で金髪白人系(??)の美女をおきたい。軍国調はイヤだ。

の2つが変な風に合わさり、結果として、

★日本人ばかりのメンバーで旧日本海軍の大和を復活させて侵略者と戦い、悪いのは白人男性(色は青だったり緑だったり)、でも白人美人女性が女神役。

という、なんか日本の敗戦コンプレックスをそのまま出したかのように読みとれる話となったのでした。

ともかく、いろいろな要素が加わった結果として、地球規模の話であっても日本人しか出てこず、美女役だけ白人という、人種問題という観点からするとかなりである話になってしまいました。

以下、次回に続く・・・

(参考)西崎氏の企画および現状については、西崎義展の手記を参照ください。

西崎氏はまだ獄中かもしれません。しかし、西崎氏の果たした役割の大きさを考えると、もっと光が当たるべきではないでしょうか?

富野監督の言葉を見ても、宮崎監督の言葉を見ても、宇宙戦艦ヤマト=西崎氏です。

ヤマト=松本氏になってしまった現状ですが、ちょっと不公平な感じもするので、西崎作品に焦点をあてたページを作ろうかという気もしています。(ヤマトのみならず、YAMATO2520にも焦点をあてたような)

| | Comments (6) | TrackBack (1)

August 16, 2006

日本の戦争責任について(富野アニメに基づく国家の意思決定モデリングの試み)

靖国神社の参拝に関する議論を見ていて思うのですが、A級戦犯の問題にせよ、神社の参拝の問題にせよ、アジア各国からの批判にしろ、いろいろな議論が噛みあわないのは、そもそも「日本がなぜ戦争をおこしたのか」「誰が主導して戦争起こしたのか」という本質的な問題を、日本人自身が避けているからではないでしょうか?

私は、日本人は、戦後60年以上、この本質的な問題から逃げてきたと思います。

しかし、アジア各国やアメリカの被害者はもとより、いやいや戦地に行かざるを得なかった日本兵や、空爆などでなくなった多くの被害者のためにも、いよいよ、真面目に考える時期がきたと思います。そうでなくては、戦没者が浮かばれないでしょう。

まず、日本人が自分で考える以上、「日本」と一言で行ってはいけないと思います。

具体的には、誰が(もしくはどの勢力が)、日本を戦争に引きずり込んだ(主導したのか)?
個人名もしくは組織名で、その役割の大きさを明確にすべきだと思います。

組織の意思決定は、常に様々な思惑がからみます。
当時も、日本を戦争に導くことで、明らかに、自分が得をすると考えた人(もしくは組織)がいたはずです。
(日本人のなかにも、海外の国のなかにも)

もし、誰も戦争には積極的ではなかったとしたら、特定の個人の問題ではなく、組織の意思決定の問題となります。

その場合、日本の組織の意思決定のあり方に問題があったということになるでしょう。

それであれば、この問題は過去の問題だけではなく、現在も続いている問題かもしれません(現在の政治や、企業など)。

さて、この問題をこれからは追求していきたいと思うのですが、いろいろ微妙な問題をはらむので、以下の手順で検討しようと思います。

1.ガンダムを中心とする富野アニメをベースに、国家を戦争に導くにあたり、どのような勢力が登場するかを概観する。(関係ありませんが、私のガンダムのページはこちら

2.日本が戦争に至る過程を分析した本を、片っ端からできるだけ多数読み、そこでは、誰が(もしくはどの勢力が)問題とされているかを分析する。

3.1ででてきた勢力と、2ででてきた勢力を照らし合わせることで、見落としがないようにする。

なんでわざわざ富野アニメを使うかというと、私は、偏見かもしれませんが、学者や識者が、あまり立派な分析をこのジャンルで成し終えているとは思っていないので、見落としのないように考察するためのツールとして利用したいと考えています。

あとは、ガンダムのイメージを活用することで、当時の個人名に詳しくない人にもイメージがわくようにできたらという意味もあります。

富野アニメといってもいろいろあり、知名度を考えるとガンダムをベースにしたいのですが、どうもガンダムというのは、国家を分析するツールとしては、若干弱いところがあるので、とりあえず頭に浮かぶ富野アニメをいろいろ用いながら、最終的には知名度を考えてガンダムベースに統一できたらなと思います。

さて、国家の構成要素はどんな人がいるでしょうか?

順不同で考えると・・
・一般の人Aタイプ:
つまり、国家の意思決定に一般資格でしか関与できず、戦争などが起きると、なすすべもなく被害者になる人々。
この人たちは、戦争を憎み、いざという時には逃げることしかできない。
富野アニメでいうと、ザンボット3に出てくる一般人が印象的です。最悪の例では、人間爆弾の被害者となる人々アキなどがいます。
現実にはどの戦争でも多数派のひとつでしょう。

・一般の人Bタイプ:
国家の意思決定に一般資格でしか関与できない点はAタイプと同じだが、ナショナリズム意識が強く、戦争に賛成する人々。ジオン公国独立宣言を支えた人々はこのような人たちでしょう。おそらく、経済的事情から不公平意識を持っている。
アメリカ独立戦争を支えた人たちもこういう人たちかもしれない。これも結構多数派か。

・一般の人Cタイプ(=軍人):
一般人だが、いざとなると、戦争に借り出される人々。アムロをはじめ、富野アニメにおける多くの作品での主人公はこれに属します。脇役では、ガンダムにおけるアバオアクーの攻防の学徒出陣の兵士などが思い起こされます。

・一般の人Dタイプ:
一般人だが、生きるために戦争や軍人に協力しようとする人々。ガンダムのミハルなど。

・一般の人Eタイプ:
一般人だが、主義のために戦争や軍人に協力しようとする人々。イラクの自爆テロなどはこういう人かもしれない。

・軍人A:職業軍人:
戦いが好きなタイプ。富野アニメではどの作品にもいろいろ登場。

・軍人B:戦争が好きだが、それを利用して権力を目指すタイプ。Vガンダムのタシロみたいなものか。部下を戦わせるタイプ。自分は安全な場所にいて権力や名声が好き。ザンボット3のブッチャーみたいなものか。

軍人C:主義に生きる人。Zガンダムのエマ・シーンみたいなものか。

軍人D:エリート意識に基づく戦争好き。Zガンダムのティターンズみたいなものか。

軍人E:いやいや戦わせられているタイプ。本当は戦争などしたくない。

軍人F:遠大な将来ヴィジョンに基づいて戦争を考えている人。Zガンダムのシロッコみたいなイメージ。

政治家A:高潔な指導者。多少は個人的な欲望もあるが、基本的に全体のことを考えている人。ターンエーガンダムのディアなタイプ。イデオンのドバ総統なんかも一応そうか。

政治家B:欲のある指導者。プライド高く、自分がトップであることが大事。周囲は道具。ガンダムのギレン・ザビみたいなものか。

政治家c:国家のことより自分の保身が最優先の指導者。

政治家D:国家の拡張を優先している指導者。

政治家E:国家の問題といいながら、実は自分の個人的な感情のために戦争を利用している指導者。イデオンのハルルや、逆襲のシャアのシャア・アズナブルなど。

一番偉い人:イデオンでいうズオー大帝(だっけ?)。要するに昭和天皇のイメージなのです。実権はよくわかりませんが、一番偉い人のことです。

反政府活動家A:理想主義者であり、国家意識をこえ、社会改革を夢見て政府と敵対する人。これはガンダムのジオン・レム・ダイクンそのもの。

商業家A:戦争を積極的に利用して利益を得ようとする人々。ガンダムのアナハイム社みたいなものか。いや、F91の家の方が適当か。

商業家B:戦争のなかで中立的になんとか商売を続けようとする人々。ターンエーの・・名前をどわすれ。

技術屋A:技術研究好き。アムロの父みたいなタイプか。

官僚A:国家の意思決定を担いながら、国家の未来を考えている人。

官僚B:国家の意思決定を担いながら、自分のことを考えている人。

マスコミA:真実を追究しようとする人々。

マスコミB:思想統制の一翼を担う人々。

学者A:いろいろコメントする人。いろいろ出てくる。

うーん、いろいろ書いていて、なんか収拾つかなくなりそうな気がしてきました。書いていて、途中から富野アニメのキャラ名もかなり忘れていることにも気づきました・・

もうちょっと、よく考える必要があるかもしれませんね。とりあえず、この手法で何かしら意味がありそうかどうか、何か1冊サンプルに使って実験して考えてみます。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

July 09, 2005

ロンドンのテロとMI6

ロンドンのテロを見ていろいろ考えたのですが、ちょっと変なテーマとして、MI6ネタを書きます。

MI6とはイギリスの対海外諜報部門で、有名な007、ジェームズ・ボンドが活躍する組織として知られています。

映画では、世界を破滅させようとるす悪人(毎回理由は違うけど)がでてきて、大惨事を起こそうとする直前に、ジェームズ・ボンドが活躍して、悪の野望を阻みます。

もちろん、実際はそう都合よくいかないわけで、今回のようなテロが起きたわけですが・・

さて、以前から不思議なのが、英国諜報部門でした。ジェームズ・ボンドという広告塔の裏で、一体何をやっているのか・・

①第二次大戦のときにアメリカを戦争に引きずり込んだのには、イギリス諜報部の貢献が大きかった。

・この話は、ディスカバリー・チャンネルか、ナショナル・ジオグラフィックチャンネルか、ヒストリー・チャンネルのどれかで見た海外製作のドキュメンタリー番組でやっていたものです。

当時、アメリカは戦争には参加しない方針でしたが、ヨーロッパではヒトラーが進撃を続けていました。
イギリスはヒトラーに脅威を感じ、何が何でもアメリカに参戦させようとしました。
しかし、アメリカではヨーロッパ戦線に関心がなく、参戦運動も盛り上がりませんでした。
そこで、英国諜報部がやったのは・・
・ナチスが作成した世界征服予定地図の偽造(ヨーロッパの次はアメリカ)
・参戦反対を強硬に主張する議員を、彼の好みの容姿の女性諜報部員を使って落とし(?)、軟化させる

ほかにもいろいろやっていたようですが、特に前者はアメリカの政策立案に決定的な影響を与え、大統領自らが、ナチスへの怒りをぶちまけます。ヒトラーは「??」と思ったのではないでしょうか。
戦争を開始した後になって、それが英国製であることが発覚します。

完全にうろ覚えなのですが、真珠湾奇襲の話をアメリカに事前通告していたのも英国諜報部。日本の暗号解読器をアメリカに渡したのも英国諜報部だったような気がします。

②イラク戦争への情報操作
イラクが大量の核や生物兵器を持っているという誤情報を与えた問題で、英国のデービッド・ケリー博士が自殺しました(2003年)。
詳細は不明ですが、デービット・ケリー博士は英国のみならず、国連や米国の顧問でもあったとも言われており、また、自殺についてもいろいろ怪しい点が報道されていました。
諜報機関の問題というよりは、政治的な問題なのかもしれませんが・・

以上、何を言いたいのかというと、20世紀はとくにアメリカの覇権という点が目立ちますが、意外に、イギリスの諜報部門が与えた影響は大きいのかもしれないということです。
ブッシュ政権がらみの石油などの利権構造とかばかり注目されていますが、アメリカが戦争を起こす裏には、けっこうイギリスの情報操作がばかにならない役割を担っている可能性があります。

そういえば、スカパーでは一時、アルジャジーラ(でしたっけ?アラブの放送局)を連日試験放送していた時期があり、当時は、CNNとBBCとアルジャジーラをリアルタイムで見比べるという、不思議な体験(?)ができました。
世界の人々が何を考えているのか、今回の場合でいうと、アラブ世界がこのテロをどう感じているのかを知るには、評論家の説明など聞くより余程有効なのですが・・なぜか、イラク戦争とともにやめてしまいましたね・・

様々な組織が情報を意図的に操作している現代において、何かしら自分なりに考えるには、異なる国(対立している国)のメディアをリアルタイムで見聞きできることは重要だし、全ての国が全ての他国の放送をリアルタイムで視聴できるようになれば、相互理解への可能性を多少は準備することにもつながると思うのですが・・

| | Comments (17) | TrackBack (0)

June 27, 2005

日中問題・日韓問題5

さて、ひさびさの日中問題・日韓問題についてですが・・
前回は自分の旅行体験談(しかも中国、韓国のぞく)に終始してしまったので、今回は要点を先にいいます。

「やめろ!ハマーン! 人は、分かりあえるんだー」(byカミーユ:セリフはうろ覚え)

という有名なシーンがZガンダムにありますが、結局、ニュータイプ同士、お互いの奥底まで見すぎたあげくに、わかりあえずに終わります。

さて、私は、ヨン様ブームを大変評価している人間なのです。

なぜか?

それは、日本人が大量に韓国に行ったからです。
これは、ものすごい量の交流機会を生んだはずで、何かしら、韓国の人は日本人への視点が変わったはずです。
もっとも、ただ単にあきれただけかもしれません。

でも、たとえ、あきれただけにしろ、他国の人が、わざわざ自国のアイドルの追いかけでやってくるというのは、そんなに悪い気はしないのではないでしょうか?

その意味で、日韓関係の、重要な、数十年間変わらなかった「何か」を変えたのではないかと期待しております。それは、政治家にはとてもできないレベルです。

と、楽天的に考えていたのですが、先日、電車の中で誰かが読んでいる新聞を見ていると、韓国人の日本に対する評価はこの十年で大幅ダウン!と大きく書いてありました。

これは、私の楽天的な予想を覆すもので、ショックでした。

私の経験上、旅行というのは、相手への印象を変える最良の機会だからです。
お互い、個人レベルで直接交流するということは、知識レベルでの議論と異なる何かを、双方にもたらします。

先日、勝海舟の話を残した「氷川清夜」を読んで驚いたのですが、あの、近代日本の立役者の一人である勝海舟が、日清戦争のときには、清の提督たちのことをとても心配し、かといって、日本の提督たちも自分の弟子だし、どっちも応援できずにいるシーンでした。
近代日本を作り、日本海軍を作った勝海舟みたいな人間でさえ、個人的に交流があれば、たとえ戦争になっても、相手のことを自国と同じレベルで心配するものなのかと・・

再び、Zガンダムから・・
エゥーゴを裏切ったレコアが、シロッコに殺されそうになった昔の仲間のカツを身を挺してかばうのを見て

「レコアさんは勝手だよー!」(byカミーユ)

でも、そういうものではないでしょうか?個人的交流というものは、必ずしも組織の論理とは結びつかないのでは?

大学時代、西洋史で最も印象に残った話。

「ナチス時代を研究者がいろいろ調べると、共産主義の人間と、ナチスの人間と、ユダヤ人の人間と、・・の人間とが、皆同じ一つのアパートで生活している。そんな馬鹿な!と思ってインタビューするが、皆、『組織ではお互い敵だけど、アパート帰ればそういうことはなかった』と言い、研究者を驚かせた」

組織の一員として対面するときでは敵であっても、個人生活に戻れば、人は優先順位が変わるものです。
やはり、個人的交流は、大事である、と思います。

ところが、これほどヨン様ブームで日本人が韓国に行ったのに、それ以前に比べて両国間が(民間レベルで)うまくいっていないとすれば、それは何故か?

①行った日本人が向こうではヒンシュクの度合いが高かった。
②団体旅行ばかりで、日本人は日本人としか交流しなかった。
③今回のブーム自体は良い変化を与えたが、それ以上にその他の問題(政治家系)がそれを無にした。
④あのアンケートの方になんらかの問題があり、実態は良くなっている。

さて、どれでしょうか?

もしかするとこういう可能性もあるかもしれません。

「異星人より、身内の方が怖いものです」(byカララ 伝説巨神イデオンより)

つまり、交流自体は善であるという私の考えが間違っていたのかもしれません。関係も深くなると、かえってモメルという・・若貴問題みたいなものでしょうか?
しかし、まさかヨン様ツアーでそこまで深刻な交流に至ったとも思えませんし・・

しかし、そもそも、この問題で考えるべきだったのは、中国の半日デモが、最も過激だったのが、日本企業が最も進出している上海だった点です。

これは、上記で考えた問題をはるかに深刻に示しているといえましょう。
日本企業は、向こうでどういう役割を演じてきたのか?交流してたのか、ただ嫌われていたのか?
なんとなく、上海に関して言えば、長年の関係だけに、カララが言うように、関係が深いだけこじれている部分が強いのかもしれません。

報道により、地方出身者がデモには多数参加していたとか、むしろ、上海企業系の従業員が多かったとか、いろいろ話が錯綜していて実態はよくわかりません。
ただ、日中問題として(例えば教科書問題として)画一的にくくると、「なぜ上海なのか」という、ある意味、人間の交流を考える意味で最も重要な問題(理論的には、その他のどんな日中ネタより重大)が、抜け落ちてしまう可能性があります。

つまり、私としては、日中問題よりも、「なぜ最も交流あった上海か」ということの方が重要な気がするのです。
なぜなら、交流があれば関係は良くなると言えるのであれば、後は考えるべきことは、それこそヨン様に今度は上海移住してもらえばめでたく解決なのですが、そうでないとすれば、これは本気で調査・検討すべきことです。
→もっとも、同時に、最初に書いたように、ヨン様ブームによる韓国旅行者の増加の影響の調査もありますが・・

知り合いには、中国人と結婚して上海転勤となった人や、やはり転勤で日本人夫婦で上海に行った人などもいるので、いろいろ意見を聞きたいところですが・・何かわかったら、またここで書きます。(彼らが帰ってくる数ヶ月先?になるでしょうけど)

| | Comments (2) | TrackBack (0)

May 27, 2005

日中問題・日韓問題4

さて、このテーマも4回目です。
小泉首相に対するドタキャンで、またも火種がくすぶっています。
今回の特徴としては、日中双方とも政府関係者は、あまりしつこく問題とせず、和解していこうという雰囲気があります。
特に、小泉首相の靖国参拝が問題になっているので、今回は珍しく(?)焦点がわかりやすい話になっているともいえます。

小泉首相が靖国参拝をやめれば一応の解決は見るでしょうし、やめなくても、どうせ任期が来れば交代ですから、靖国問題自体は、まあ、いいとしましょう。たぶん、今後首相になる人は、最初から参拝しないでしょうし。

問題は、では靖国問題がなくなれば、近隣諸国との関係がよくなるかということです。
私は、海外に行く度に、戦争関係の史跡には行くようにしています。
サイパンでは、少年時代日本軍の空港で働いていたというおじいさんが、当時米軍の射撃で受けた傷を見せてくれました。別に日本に恨みがあるというわけではなく、懐かしそうに話していました。サイパンに行ったことある人はわかると思いますが、今でも、朽ちた戦車が並び、日本兵の遺骨があったりします。
シンガポールでは、やっぱり戦争記念館みたいなのがあって、当時の状況をロウ人形で再現していました。正直言って、あまり、うらみがましい雰囲気はなく、気楽にまわれました。
予想外にインパクトあったのが、あれほど日本人が(私が?)大好きなハワイです。ハワイには、いくつか戦争関係の史跡があるのですが、陸軍記念館には日米の戦車が並べられ、真珠湾攻撃の時の号外新聞が、今でも売られています。(もちろん、買いました・・)
また、アリゾナ記念館の横には潜水艦バウフィン号があって、中に入れます。あれは、正常な人間は耐えられない、恐るべき世界です。
その隣には、人間魚雷回天が並んでいます。
何よりも最も衝撃だったのは、戦艦アリゾナに行った時でした。
全員当時なぜ戦争となったかのビデオを見せられ、当時の戦争のいきさつの説明を聞きます。(必ずしも反日ではない客観的な内容)

そして、ボートに乗り、今でも当時のまま海に沈んで油を流し続けるアリゾナ号の上に行くのです。私は、文字通り、何も考えずに行ったのですが、ふと気づくと、回りは全員米国人。
アリゾナメモリアルという慰霊碑みたいのが船の上にあるのですが、そこには、死者全員の名前が彫ってあります。
その一種異様な雰囲気に圧倒され、「しまった。自分はここに来てはいけなかったか?」と思いながら、あわてて1周し、自分が乗ってきたボートにそのまま飛び乗って帰りました・・
アメリカ人は、皆、沈痛な表情をして、ゆっくりまわっていました・・
一方、日本が降伏したミズーリ号の上は、日本から来た修学旅行の中学生たちが楽しそうに走り回っており、アリゾナメモリアルとのあまりのギャップに笑ってしまいました。
しかし、まあ、戦争のことを中学生に考えさせたいなら、潜水艦バウフィン号に連れて行くべきでしたね。
それはともかく、ミズーリは脅威の戦艦です。日本が降伏文書に調印したほど古い船なのに、何度も改造して、朝鮮戦争からなんと湾岸戦争まで出向いています。
しかも、神風特攻隊による傷跡は、そのまま残して・・
しかも、真珠湾にうかべ、戦艦アリゾナの残骸と並べることで、戦争の始まりと終わりを示そうとしているわけです。
(明治時代、日本を初めて国として認め、承認してくれたのはハワイ王国でした。初めて日本を訪れてくれた海外の要人もハワイ国王。ある意味、当時はハワイ王は白人より日本との国交を重視していたのですが、日本はアメリカとの関係を恐れ(?)、もしくは、後にハワイが最も重要な地域になることに気づかず(?)、韓国・中国へ進む道を選びました・・あの時、日本が韓国への進出よりハワイへの進出を重視していたらどうなったのか?もっとうまくやれたのか?それとも、ハワイアンにまで嫌われる結末となったのか?)
さて、ハワイネタは深すぎるので、ここでは、アメリカ人が、とても気合を入れて、真珠湾攻撃や太平洋戦争の傷跡を残そうとしていることに注目してください。
というか、日本の周辺国には、いまだにあっちこっち、戦争の史跡や兵器が残っているのに、日本にだけ無いのは、ちょっとどうかなと思います。ドイツには、巨大なドイツ博物館というすごいものがあって、そこにはやはりUボートやらメッサーシュミットやらおいてあります。
兵器といものは、常に、当時最もお金をかけて最新技術を駆使して作ったものですから、見ているといろいろ感慨深いものです。しかも、戦争を考えさせるには最適です(とくに超狭いバウフィン号は、反戦気分を生むには最高です!逆に戦艦・戦車・戦闘機はダメです。戦争したい若者を生んでしまいます。このへんはアニメで言うと、ザンボット3やイデオンを見るか、それともガンダムを見るかで、ロボットに乗って戦いたくなるか、絶対嫌になるかの違いが生じるようなものです)

さて、まだまだ話は続くのですが、(ってそもそも日中・日韓の話まで行っていない)、今日は時間がない事情があるので、また今度とさせていただきます。本題までたどりつきませんでした・・

| | Comments (5) | TrackBack (2)

May 14, 2005

日中問題3(戦争の発端)

日中問題を考える3 戦争の発端
さて、戦争責任の話にいくのですが、その前段階として、そもそも日本はなぜ当時戦争を始めたのでしょうか?
実は、これがとても難問で、そもそも、誰も理解していないのではないでしょうか。
その意味では、確かに、各国から批判があるように、日本は自国の歴史を知らなすぎるといえます。
戦争がどのように始まり、誰が得して、誰が損したのか、当の日本人そのものが、あれほど多くの犠牲を出しながら、理解していないのですから。

ところが、じゃあ、偉い学者の書いた本でも読めば、誰もが納得できる見解にたどりつけるのかというと、そうでもありません。

日中戦争やそれ以前も含めて考えると話が複雑なので、例として、以下、太平洋戦争に限って考えます。

正直言って、私も少々(一般書の範囲で)読んだのですが、太平洋戦争だけでみても、いまだに理解不能です。

例えば、戦争をしたかったのは誰なのか?

一見、戦争を主導したように見える人たちをざっと見てみると・・

満州事変の首謀者の一人であった石原莞爾は、あのタイミングでの戦争には反対していました。
三国同盟を結んだ松岡外相も、彼なりの視点で反対していました。
昭和天皇も反対していて、それで陸軍大臣東条英機を首相に指名します。
東条英機は、もともとは開戦派だったのですが、昭和天皇の意をくみ、戦争回避に全力をつくそうとします。
戦争が決まった時は、自室で号泣していたそうです。
海軍は、そもそも、反対でした。

いまあげた人たちは、もともと平和主義というわけではないのですが、それでもあのタイミングでのああいう戦争には反対していたわけです。

では、善悪とは別に、戦争を前提としたシミュレーションの結果はどうだったのか?

陸軍:純粋に中国陸軍との戦いだけでシミュレーションしても負け。(海軍の状況や爆撃機、米軍も除く)
海軍:サイコロの目をズルしてやり直しても負け。
全体として:総力戦研究所で、補給から何から全て含めてシミュレーションしても当然負け。

(参考:以上の話は、「昭和16年夏の敗戦」猪瀬直樹著と「ある異常体験者の偏見」山本七平著から大部分をとっています)

全員、理屈は違うのですが、あのタイミングで日米戦争を起すことは、誰もが避けようとしていましたし、シミュレーションしても全て負けでした。
実際、半年のミッドウエー海戦が終わった時点で、軍部内でも、事実上の敗戦決定と考えていたようです。(それから何故あそこまでひっぱったかという別問題もありますが)
戦争推移もおおむね予想通りだったようです。
もっとも、陸軍は、自分達が米兵と戦うことになるとは想像していなかったようです。

軍の一部は、確かに強硬に開戦を主張していました。
私も勉強不足でよくわからないのですが、参謀本部などは徹底して戦いたかったようです。

そもそも、先ほども書きましたが、陸軍は、実際にアメリカと戦うことを自分達の現実的な問題としては、あまり考えていなかったようです。あくまでも、海軍が戦うという話で。

陸軍の実態は、山本七平氏の一連の著作を読むとよくわかるのですが、彼も、捕虜収容所の中で、あらゆるレベルの人に、何故日本は戦争を起こしたのか聞いて回ったそうです。
その結論が、「空気の研究」などの日本人論にいきつくわけです。誰の責任で決めるわけでもなく、理屈があるわけでもなく、場の雰囲気に流されて、話が進んでいくという。

その結果、多くの人にとっては、何がなんだかわからないままに、いろいろな事が進行していくことになります。

実は、このへんの状況は、現在の日本でも、あまり変わっていないのではないでしょうか。
その点、よくよく考えておかないと今後に不安が残ります。
現在の政治もそうですし、大企業づとめの方には、会社組織の意思決定でさえ不明瞭だと思う方も多いでしょう。
歴史の教科書で本来書かなくてはいかないのは、こういうことではないでしょうか。
誰が何の利益で、どういう考えではじめたのかわからない戦争で、全体でどれだけの人が死ぬことになったのかというところです。
(ウーム。ボトムズのような表現だ)

もっとも、参謀本部の人の議論含め、当時の人の話を読んでいると、基本的に、領土拡張して資源をとっていかない限り、国としての未来はないという考えのようだったように思えます。
その意味では、第一回でふれたカーデシア人のセリフ

「カーデシアもベイジョーの資源が必要だったんだ! 生き延びるためにはな。私がしたことは全て母国カーデシアのためなんだ!…それでお前たちが苦しむことになっても、どうでもよかった。」

に近かったのだと思います。
それにしても、全てのシミュレーションが破綻している状況で戦争を起してどうなると考えていたのか、やはり謎ですが・・

あまり考えてなかったのかな?
そういえば、山本七平氏の批判のひとつは、考えたり意見を言ったりすることを一切禁止していた軍隊文化に向けられていました。参謀本部でさえ、そうだったのでしょうか?
たしかに、参謀本部内でも、情報部門は低く見られていたといいます。このへんは、もう少し調べようかと思います。

さて、話がずれましたが、日本のような国での意思決定の分析は、とても難しいと思います。逆に言うと、積極的に戦争を選択した意図がある人はほとんど存在せず、かといって、断固として反対しぬいた人もいないまま戦争に突入し、後になって、戦争責任と言われても・・という感じになるのではないでしょうか。
一般のほとんどの人にとっては、被害者意識しかないはずです。
そのへんが、各国間の意識のギャップを生み出すような気がします。

上記のいくつかの書物の中では、戦争開始に大きな影響を与えながらも、何の罪にも問われず、戦後もそのまま活躍(?)した人々として、官僚とマスコミ関係があげられていたとだけ、ここでは書いておきます。
しかし、最も大きな要素が、仮に、山本七平氏の言うように、議論やロジックではなく場の空気で話が決まっていく国民性にあるのであれば、官僚やマスコミも、空気の流れを拡大したにすぎないのかもしれません。
その意味では、本質的には、現在でも、あまり変化していない問題なのかもしれません。

さて、アニメに話を移します。
戦争開始の経緯で、とても秀逸なのは、伝説巨神イデオンです。そもそも、戦う意思の無い2つの異星人(バッフクラン人と地球人)が出会います。バッフクラン人の、愛の力を信じるお嬢様(カララ)が、異星人に興味を持ち、交流を図ろうとするところから、お互いの誤解が生じます。
お嬢様の身に何かあったら自分の責任だとあせるバッフクラン人。
敵が攻めてきたと驚く地球人。
相手への攻撃の意図はどちらにもないのに戦端が開かれます。
地球人は、たまたま見つけたイデオンでバッフクラン軍を追い払いますが、逆に、それがバッフクラン軍を恐怖させ、より多くの軍の派遣をもたらします。
後に、話し合おうと地球人は白旗をあげますが、バッフクラン人の文化では、それは徹底的な戦いを意味するもので、戦いは継続します。

そもそもは、愛と好奇心で始まった物語が、そもそもは戦う必要のない2つの星の住人を泥沼に落ち込ませ、お互いを滅ぼすことになる様は、見ていて圧巻です。                               
ちょっと、先ほどの日本開戦の経緯と比較すると美しすぎますが、人間同士の誤解や、異なる文化を持つものに対する不信感、プライドなどが、果てしない憎悪の連鎖を呼び、滅びをもたらす点は、よく描けていると思います。
                                   
大体において、富野作品は、その気もないのに戦争に巻き込まれていくストーリーが多いため、個人視点での戦争への巻き込まれ方は秀逸なものが多いのですが、戦争の発端そのものから丁寧に作りこんでいる点では、イデオンは特に優れています。
もっとも、戦争の全体像だと、ガンダムの方が多面的に描けていると思いますが、一般庶民の視点や被害という点では、ザンボット3が丁寧です。

さて、どうのこうのいいながら、一作品で戦争の全体像を理解するには、実はロボットアニメはすぐれているのかもしれないと思います。(この点では、富野作品がベスト)

映画や小説、評論、分析ふくめ、両国の一般人視点から、政治家視点、兵士視点まで同時に語っている作品というのは、あまりないのではないでしょうか?

「アニメは全てを表現すべきであるという信念がある」(by富野監督)

この、富野作品の持つ特質をさらに十分に生かすには、アニメよりも、ヴァーチャル感と分岐に優れているゲームという媒体の方が優れている気がします。

そのようなガンダムゲームというものが誕生してほしいものです。

「Sim CITY」シリーズのような感じで、ガンダムの一年戦争を、一般人視点でも、学徒兵視点でも、政治家視点でも、官僚視点でも、兵士視点でも、企業視点でもシミュレーションできるようなゲームが生まれれば、それは、今までのどんな媒体よりも、戦争の全貌というもののイメージをつかませてくれるかもしれません。

もし、「ギレンの野望」がそういう方向に進化してくれれば、アニメとゲームは、たぶん、小説や映画より、よほど高い次元に達することができると思います。

それから、スタートレックシリーズが宇宙人同士という虚構の世界を使うことで、かえって、ドキュメンタリーや現実を舞台にした小説以上により深く目の前の現実の諸問題(人種問題、政治問題、戦争、ジェンダー、宗教など)をあぶりだしているように、そういう方法論のロボットアニメも、そろそろ出現して欲しいなーと思います。

| | Comments (8) | TrackBack (0)

May 13, 2005

日中問題について2(世界を革命するために!)

前回の続きです。本来なら、戦争責任の話に移ろうかと思っていたのですが、前回長々と書いた結果、あることに気づいたので、そっちの話を優先します。
それは、世間に流されないといっても、実際は、凡人には難しいということです。
今回書くのは、どのようにして、世間に流されないような価値観を創造し、世界を変えていくかということの実践的方法です(→ウーム、われながら、飛ばしすぎか)。

何に気づいたかというと、ポイントはまずは「飽きること」のようだということです。

(アニメの例)
例1:少女革命ウテナ「世界を革命するために」
「あなたは、何も変わっていないと思って、ずっと居心地いいこの世界につかっているけど、あの娘(ウテナ)は、もうここから出て行ってしまいましたよ」(セリフはうろ覚え)
→刺されることから、世界の革命へ

例2:装甲騎兵ボトムズの主題歌
「地獄をみれば、心が乾く。戦いは飽きたのさ。」
→数千年の戦争の後、キリコは神の後継者へ。同時に、冷凍保存により世界の拒否へ。

例3:エヴァンゲリオン
シンジ「もう、いやだ!!」
→シンジは全ての拒否のあと、神と等しくなる。
レイとカヲル「見失った自分は、自分の力で取り戻すのよ」「たとえ、他人の言葉にとりこまれても」(セリフはうろ覚え)

(哲学の例)
例1:ニーチェ
「私は、人間に飽きた。私は、人に、人間を超えることを、超人になることを教えよう。だが、その前に、人間はもっと滅びなくてはいけない。」

例2:キルケゴール「反復」
「永いあいだには、一般者についての果てしない饒舌に、退屈で味も香りもなくなるまでに反復される一般者そのものに、人は飽いてしまいます。そこに例外が生まれるのです。」
「(例外者は)いわば自分自身を破滅させようとしたその瞬間に人世から赦免されて、辛くも正当な権利を与えられます」
「彼はそれまでとは全く違った一貫した態度と不動心をもって行動したでしょう。」
「いわゆる現実は、いっそう深い意味で、彼にとってなんら重要な意味をもたぬものになるでしょう」

以上、アニメも哲学も、みんな言っていることは同じです。
周囲に流されずに、自分で価値観を創造するには、流されることに飽きることが必要なのかもしれません。

その意味では、今回の反日デモの成果を最大限に生かすには、映画の「芙蓉鎮」の5時間バージョン、
あの主人公夫婦がその後日本料理店を開くが、今度は反日デモでつぶされるというストーリーを描くのがよいのではないでしょうか?
さすがに、見ている人は皆あきるでしょう。
そして、新たなる関係の創造を模索するのではないでしょうか?

本当は、それこそ、歴史の「新しい」教科書の役割だと思います。
戦いの歴史、無知の歴史、復讐の歴史は、もう数千年続いているわけで、それを読んだ読者が、それ以上読むことに飽きること。自分もそれに加わることに飽きさせることこそ、歴史学の使命でしょう。
(→大学での専攻は歴史だったもので・・)

実践方法として、私がまず作ってみても良いのですが、読んでて飽きてしまう本を作り、しかもそれを世界に普及させることが可能なのか?ウーム。みんな、飽きてしまって誰も読まないでしょう。
このへんは、今後の検討の課題としましょう。

このへんに対し、ロボットアニメの戦争の繰り返しはどういう貢献ができるでしょうか。
(ザンボット3は飽きてしまい、厭戦感十分でしたが、ガンダムは飽きさせなかったなー)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

日中問題を考える1(ロボットアニメを使って)

GWは、3度目の香港旅行を計画していました。しかしながら、例の中国の反日デモが相次ぎ、あまり楽しめない気分になってきたので、キャンセルしました。
さて、国家間の歴史的な問題が浮き彫りになった今回のデモですが、どのように考えるべきでしょうか?

私の個人的な意見としては、いろいろあるのですが、とても一回では書ききれないので、テーマごとに分けて書きたいと思います。
そのさい、あえて、ロボットアニメを活用して考えたいと思います。なぜなら、ロボットアニメというのは、年がら年中戦争ばかりやっているので、こういう議論をするさいにモデルとして利用できるはず(?)だからです。
もし、議論のモデルケースとして利用できるのであれば、ロボットアニメにも、多少はいい面もあるといえるでしょう。逆に、あれほど毎回戦争を描きながら、こういう現実の問題を考えるさいに全く役にたたなければ・・まあ、エンターテイメントとしては許されますが、ちょっと残念です。
どこまで、日中間の問題を議論するモデルケースとして使えるかという実験です。
まず、第一回のテーマは、占領する側とされる側についてです。
とくに、占領する側が起こした虐殺などの問題と、それに対する占領された側の怒りの問題を考えます。
さて、モデルとなるアニメは・・ウーン、いいのが思い浮かびません。

ということで、残念ながら、第一回の議論のモデルは「スタートレックDS9]19話です。
この話は、カーデシア人に長年占領されていたベイジョー人の物語です。
カーデシアが出て行った後のベイジョー星で、強制収容所の長官だった、カーデシア人の戦犯がつかまります。
ベイジョーのキラ少佐は、彼が戦犯であることを立証し、処刑しようとします。

キラの言葉(以下、セリフはstar-treck uss-kyusyuさんのページのをベースにしています。)

「私たちが 12年前にガリテップ・キャンプを解放した時…惨状は目を覆うほどでした。至る所に死体が転がり、ある者は餓死、ある者は拷問死。カーデシアの扱いはひどかった! ベイジョー人をただ殺すだけならともかく、その前に散々いたぶってから殺すんです。…母親を、子供たちの前で犯したり、夫を妻にも顔がわからなくなるほど殴りつけたり、老人にいたっては生き埋めにされて殺されたんですよ!」

「(カーデシア人の取調べを)どうか私に担当させて下さい。死んだ同胞のために。」
「あのキャンプで死んでいった、大勢の仲間のために。」

そして、取調べ担当となったキラ少佐は、カーデシア人を尋問します。

キラ少佐「ガリテップが解放された時、至る所に死体が転がってるのを見たわ?」
カーデシア人「そりゃこちらの演出ですよ。ガリテップが悲惨だって噂を広めたのは元々、ガル・ダーヒールだったんです。指導者として、彼は実に非凡な男でした。恐怖による支配こそ究極の支配。実際に虐殺なんかしなくてもそういう噂を流しておけばそれだけで…効果は同じなんです。」

カーデシア人のいい加減な逃げ口上にキラ少佐は怒りを覚えます。

キラ少佐 「私に言わせれば、ガリテップにいたカーデシア人は全員戦犯よ。マリッツァを処刑すれば、ベイジョー人の心の傷も…少しは癒えるわ。」

しかし、カーデシア人も反撃します。

カーデシア人「さあ、そんなことより早く本題に入ろう。何人のカーデシア人を殺した。君が手にかけたのは。」キラ少佐「…いちいち数えてないわ。」カーデシア人「いいや、数えてたはずだ。それに軍人以外のカーデシア人も殺してるだろう。とにかく、テロリストの最大の武器は無差別殺人だからな。」 「カーデシアの民間人を何人殺したんだ!」キラ少佐「うるさいわね! 私だって好きで殺したんじゃないわ!」カーデシア人「よく聞く言い訳だな…」キラ少佐「それしかなかったのよ! 生き延びるためにはね!」カーデシア人「カーデシアもベイジョーの資源が必要だったんだ! 生き延びるためにはな。私がしたことは全て母国カーデシアのためなんだ! …それでお前たちが苦しむことになっても、どうでもよかった。我がカーデシアさえ栄えれば、それでいいのだ。カーデシアのためだと思えば、何でもできた。」

しかし、調査をすすめるなかで、カーデシア人の収容所の長官はすでに死んでいることがわかります。謎のカーデシア人は、単なる文書管理官マリッツァにすぎなかったことがわかります。彼は、良心の呵責に耐えかね、戦犯のふりをしてあえて捕まったのです。

カーデシア人「(本物の長官は死んでいると言われて)いいや、私は死んではいない。私は永遠に生き続けるのだ! 死んだのはマリッツァの方だ! マリッツァは、臆病な男でな。枕に顔をうずめてはよくメソメソ泣いてたよ! フフ…夜になると、手で耳を押さえて…救いを求めるベイジョー人の…哀れな…悲鳴が…聞こえないようにと…聞こえないようにと……」

キラ少佐は、カーデシア人と一言でくくった自分の認識が間違っていたことに気づきます。
しかし、移送中、見物していたベイジョー人のひとりが、突如ナイフで襲い掛かり、カーデシア人を殺します。

ベイジョー人「カーデシアの野郎なんて! 誰だって同じだろうが!」キラ少佐「違うわ! …違うのに……。」

この話の見所は、「カーデシア人」と一言でくくっていたキラ少佐が、その認識の間違いに気づくところです。

さて、スタートレックシリーズでは、もうひとつ、映画6「未知の大陸」が思い出されます。
ここでは、長年交戦状態にあった地球人とクリンゴン人の和平交渉が行われます。

エンタープライズ号の艦長カークは、息子をクリンゴン人に殺されており、素直に和平を喜ぶ気になれません。
しかし、その気持ちの油断をつかれ、好戦派の陰謀によって、再度戦争が始まりそうになった時、過去にこだわっていた自分の過ちに気づきます。

地球人にも、クリンゴン人にも、戦争を望む人々と、望まない人々がいることがわかります。
大事なのは、過去の復讐を繰り返すことではなく、未来です。
彼は、息子の死へのこだわりを捨て、和平のために全力を尽くすことにします。

「未来は、未知の大陸である」というシェークスピアの言葉が印象的な作品でした。

さて、この2作品に共通なのは、「**人」と一言で考えることの間違いです。
それが敵であれ、自分たちであれ。

そのことを、今回の中国のデモで見ていて強く感じたのは、一言で「中国人がデモ」といっても、よく見てみれば、
日本車に乗った中国人が車を壊されて泣いていたりしました。
また、中国人がやっている日本料理店も破壊されていました。
たぶん、そういう部分に注目することが、集団を考えるうえでは大事なのではないかと思います。

(戦争時の日本も同じでしょう。多くの日本人にとっては、戦争はのぞまないものでした。
しかし、何で戦争になったか、というテーマはまたいろいろ話が長くなるので次回以降にします。)

さて、中国のデモを見ていて思ったのは、同じ中国人の中でも、一方は、群集と化して、暴徒となる人々がおり、
他方には、同国人の暴動を見て、被害にあわされるまま、手の打ちようもない人々がいることでした。

これは、どっかで見たような・・そう、中国映画「芙蓉鎮」そのものでした。
今回のデモで車や店を破壊された中国人も、壊した中国人も、あの映画そのものです。
おそらく、被害にあった方は、たぶん、群集心理の恐ろしさを知るとともに、今後、何かで世相が一変しても、世論にどっぷりのまれることはないでしょう。
漫画家のちばてつや先生が子供の頃、日本が負け、中国からひきあげようにも、日本人狩りがはじまり、身動きとれなかったとき、ある中国人がかくまってくれたといいます。しかし、その中国人は、後に、日本人を助けたということで、いろいろ見せしめの刑にあったようです。

世論、集団の論理、人の言葉に流されないことの難しさ。
私が、エヴァンゲリオンのシンジについて解釈した文章は、まさにこの観点でした。
(「使徒の血はなぜ青いのか、そして、シンジは何故戦わなかったのか」)
よくわからないけど身を守るために戦うよりも、泣いて何もしない方が、正しいのかもしれない。
実際、戦争というものは、常に、ごく一部の者の都合のために、大多数が扇動される現象だと思います。
太平洋戦争など、まさに、身を守るためには戦うしかないという言葉の嘘を感じさせます。

そういえば、装甲騎兵ボトムズの主人公キリコは、戦争中の惑星サンサでの虐殺の件で、遺族から付狙われたものでした。
彼は、謝りもしなければ、言い訳もせず、その場その場で自分にできること、正しいと思われることだけを行いました。

そして、再度戦争が始まったとき、彼は、国家や現状の世界そのものを拒否する決意をしました。

私はあまり倫理的な人間ではありませんが、尊敬するタイプとしては、集団論理で正論を言う人よりも、自分視点で、時流や人々の言動とは無関係に、人間的に正しいと思う行動をとれる人です。ちばてつや先生を助けた中国人や、ユダヤ人を助けた外交官杉原千畝氏。

その意味で、教科書問題について思うのは、正しい歴史認識を育てるには、戦争の記述がどうというより、むしろ、歴史書「想像の共同体」に見られるような国家認識を記載してほしいものです。

先ほど言った、エヴァで泣きじゃくるシンジもその意味では悪くないと思いますし、ボトムズで世界を拒否して冷凍睡眠に入るキリコもそうです。
しかし、キリコについて言えば、復活も果たしたわけですし、今度は、周囲に一切流されない生き方はそのままに、現実に関わってほしいものです。
ボトムズ世界で唯一不変の魅力が、決して周囲に流されることのない、キリコの人格だと思うからです。
戦争が起きようと、なくなろうと、どこかの政治権力に虐待されようと、それが滅びようと、自分が軍人であろうと、捕虜であろうと、神の後継者になろうと、何も変わらないこと。

長くなりましたが、最後はボトムズネタで終わったので、ボトムズウェブにトラックバックしておきます。

| | Comments (2) | TrackBack (1)