November 02, 2007

富野哲学の展開について

以前から作ろうとしている、バイストン・ウェルのページに載せるコンテンツの一つとして、以下の文章を書きます。

認識の哲学としての富野哲学

富野哲学とは、認識の哲学である。

その認識論のテーマが最も追求されていた時期は、機動戦士ガンダム、伝説巨神イデオン、聖戦士ダンバインといった作品群の時期である。

この論文では、認識論としての富野哲学が、この3作品でいかにテーマを追求し、展開をとげ、そして挫折していったのかを考証する。

1.機動戦士ガンダムにおける認識論

機動戦士ガンダムにおいてのテーマは、人間の認識はいかに変わりうるかということであった。

その基本的なアイデアは、地球という狭い環境に存在する人類が、宇宙という広大な環境に移動したとき、その認識力は変わらざるを得ないだろうということであった。

その空間的な変化に対応する認識の力の変化は、作品中ではニュータイプと呼ばれた。

それは、空間的な隔たりにかかわらず、お互いが、そのまま理解できる力として構想された。

「広大な宇宙空間で通信するのに必要なコミュニケーション能力が、オーラ力のテレパシーとして開花するのではないか。
つまり、大脳皮質がフルに働き出したために、広大な宇宙でスムーズに人を誤解なく理解できるようになった人、それが「ニュータイプ」なのです。」

2.伝説巨神イデオンにおける認識論

機動戦士ガンダムにおいては、認識力の強化は人間を「わかりあえる」存在にしうるとされた。

しかしながら、翌年、富野監督は、認識とはそもそも何なのかをもう一度改めて考え直した。その結果が伝説巨神イデオンである。

ここで富野監督がたどり着いた結論は、以下のものである。

・人間の認識は、3歳前後で固まってしまい、それ以降は変化しないということ。

・人間の認識力は変化しない以上、人は「わかりあえない」ということ。

つまり、機動戦士ガンダムの結論は180度変わったのである。

・人間の認識力が変化する時期は、赤ん坊~幼児期、睡眠時、死後のみであるということ。

これらのことを表現するために富野監督は、「イデ」という概念を使った。これは、富野監督の表現では、「認識力の集中した場所」ということである。

「所詮イデはイデでしかなくて、一口に言いますと、<知的生物の認識力の集中した場所>だと思ってください(富野監督アニメック53号インタビュー)」

「やはり、イデは実在ではなく、”知性の認識”が共振する”場”と考えたい。(イデの発現についてのメモ)」

なお、これらのイデの概念についての詳細は、イデオン論を参照のこと。

3.聖戦士ダンバインにおける認識論

ガンダムで認識能力の変化の可能性を描き、イデオンで認識の力そのものをテーマにした富野監督は、ここにいたり、さらに野心的な追求を行うことにする。

それは、そもそも認識というものが、どのようにして発生するのかという点を追求することであった。

そのためにバイストン・ウェルという世界を仮定する。

ここは、人間が、生まれてからものごころがつくまでのわずかな間、表現を変えれば認識力がつくまでのわずかな間が、バイストン・ウェルなのである。

「バイストン・ウェルのことを覚えているものは幸せである」

このバイストン・ウェルという世界と、地上の世界(いわゆる現実世界)を対比させることで、象徴的に、人間の精神構造の発達史(つまり認識能力の発達)を描くことが、この作品のテーマであった。

・・以下、続く・・・

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May 13, 2007

香港旅行(ガンダム関係の話題を中心に)

今回、GWには香港に行って来ました。

詳しくは旅行ページに書きたいと思いますが、アニメ関係のネタをいくつか書きます。

まず、私が去年予測したとおり、バンダイ・スクエアは消えていました。(香港のZガンダム参照)

閉鎖だと思いますが、少なくとも同じ場所にはありませんでした。

世界の高級ブランド店とガンダムを並べるという面白い試みであっただけに、正直残念です。

日本のガンダム・ミュージアム閉鎖といい、香港のバンダイ・スクエア閉鎖といい、バンダイにはなんとか頑張って欲しいものです。(ガンダム・ミュージアムへの遅すぎる提言参照)

しかし、ジャスコに行った時、何気なく見たナムコのゲームセンターでは、以下の光景を目撃しました。

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ガンダムとシャア・ザクが握手(フィギアは1.5メートルくらい?)

   

しかも、シャア・ザクの肩にはあのお方が・・

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これもバンダイとナムコの統合の結果だなぁなどと思いながら、おもちゃ屋を覗いてみると、そこではガンプラのコンテストの募集要項がおいてありました。

プラモもなかなかマニアな品揃えで、Zガンダム劇場限定版クリアバージョンや、エクスポ限定発売モデル、さらにはレイズナーやエルガイムまで置いてあるのには驚きました。

ガンプラそのものの人気は、一部ファンにはかなり高いようです。

また、子ども達に思いのほか人気があるようだったのが、ケロロ軍曹でした。おもちゃ屋ではあまり見かけませんでしたが、グッズを持った子どもは何人もいました。

ほかに面白かったのが、戦隊モノでは、数年遅れで「デカレンジャー」を売っていたところです。

戦隊モノはガンダム以上にワールドワイドなので、日本、アメリカ、香港などまわると、ローカライズや放映時期のズレがあり、結構楽しめます。

あと、香港ディズニーは今回も行ったのですが、そのへんはまた話が長くなるので、次回以降、もしくは旅行ページの方にいろいろ書こうと思います。

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April 28, 2007

富野語録名作選第五回「なぜサンライズの経営陣を抹殺しようとしたのか」

ひさしぶりに、ガンダムのページを更新しました。

富野語録名作選の、なぜサンライズの経営陣を抹殺しようとしたのかです。

富野監督のサンライズの経営陣への怒りと、抹殺計画(?)および、ターゲットとなったサンライズ首脳側のコメントをまとめたものです。

内容については、まあ、興味ある方には直接読んでもらうとして(個人的な感想も合わせて書きましたので・・)、それ以外の点について少し書きます。

まず、コンバトラーVとボルテスⅤ(ファイブ)というのは、一時はロボットアニメの代表だったと思います。

私の曖昧な記憶でいうと、コンバトラーVやボルテスⅤの大人気があり、その後記憶の空白期があり、数年後のガンダムの大ブームがあります。

(ちなみに、ライディーンは私の記憶ではコンバトラーVなどより後なのですが、実際は逆でした。ライディーンは何度も再放送したため、順序の記憶がごちゃごちゃです)

その間に、ザンボット3が作られたりしていたわけですが、今から考えるとコンバトラーVやボルテスⅤとザンボット3との差というのは、非常に大きなものがあります。

一言でいうと、子どものためのロボットアニメか、大人のためのロボットアニメかというところでしょうか?

しかし、ボルテスVにしろボルテスⅤにしろ、もしくは闘将ダイモスにしろ、(要するに長浜監督作品ですが)、もし、富野監督が熱望していたように、富野監督作品となっていたら、どんな話になっていたのでしょうか?

やはりザンボット3のような、いわゆる富野アニメ路線を全面展開したのか、それとも、ザンボット3には、打倒長浜監督の思いがあったからこそ、それまでのロボットアニメとの差別化が行なわれたのか・・

打倒長浜監督という視点での発言も、別途まとめて見たいと思います。

(宮崎駿監督に対する発言をまとめる方が、順序としては先かもしれません)

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December 10, 2006

∀ガンダム(ターンエーガンダム)のページ作成開始

予定より随分遅れましたが、ターンエーガンダムのページを作成しました。

まだ、内容不十分ですが、今後いろいろ追加していこうと考えております。

ガンダムのページについては、とりあえず富野作品はひととおり作りたいのですが、次回は、F91に行くか、ZZに行くか、小説ふくめ考えどころです。

富野作品のページという意味だと、ガンダム関連以外の作品のページを作るかもしれません。

とりあえず、宮崎作品ページか、エヴァページの更新が先になりそうです。

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October 22, 2006

イデオンのページ更新

士牙剣さんから提供いただいた情報をもとに、イデオンのページを更新しました。

ひとつには、発動編を中心とした画像データの数々であり、こちらはスーパーロボット大戦のページに書いたイデオンのラストの解説に使わせていただきました。

もうひとつには、あの「アジバ3」の動画情報です。YouTubeに登録されているのを教えていただいたので、イデオンの資料集の部分にリンクを貼るようにしました。

士牙剣さん、貴重な情報をいろいろありがとうございます!!

さて、「アジバ3」について簡単に解説します。

ガンダムの映画の大ブームの後、今度はイデオンの映画化になるわけですが、イデオンはなんといってもイメージが暗い。

そこで、当時「明るいイデオン」というキャンペーンが行なわれました。(もっとも、当時小学生であり、リアルタイムで映画にも行った私ですが、このキャンペーンのことは全く知らず、随分後になって書籍で存在を知りました。普通の人は知らなかったのではないかと思います。)

そこで、「明るいイデオン」というイメージ向上のために作られたものが、「アジバ3」です。

内容は、まあ、動画を見てもらう方が早いのですが、ダイターン3のオープニングのイメージで、イデオンの悪役キャラ3人組(?)を活躍させるという、かなり変なものです。

イデオンの本編があまりに暗く、凄惨なので、こういうパロディを見て、バランスをとるというのは、いいことではないでしょうか?

しかし、こんなものまで登録されているYouTubeとは・・本当に凄いですねぇ・・

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October 13, 2006

ヤマト、ガンダム、宮崎アニメ、エヴァンゲリオン、ゲド戦記における人種問題2

さて、前回に引き続き、アニメの人種問題の話です。

しかし、その前に、前回頂いたご指摘をもとに、宇宙戦艦ヤマトについて、若干話を整理しなおします。

まず、私が書いた前回の趣旨は、

大和を復活させてヤマトとし、日本人だけでデスラーと戦うというストーリーは、太平洋戦争の敗戦コンプレックスからきているように読みとれる。

ただし、西崎氏も松本氏も、そういう話を最初から作ろうとしていたわけではない。

ということでした。

それに対し、ご指摘いただいたのは、

1.デスラーなどは、白人は白人でも、アメリカというより、ナチスからきている。

2.ヤマト以前、おもちゃにおいては「大和」が人気アイテムであった。

ということでした。

これらのご指摘を踏まえて考え直してみるに、大和を復活させてヤマトとするというアイデアは、反米というよりは、単におもちゃを「大和」にかこつけて売ろうという、スポンサーサイドの意向だったのかもしれません。

また、全員日本人というアイデアも、思想的なものよりは、当時のウルトラマンや戦隊物のイメージに近い(基本的に日本人のみで地球を守る)のかもしれません。(つまり、おもちゃ屋さん的には、いつもと同じ自然な流れ。)

また、白人vs日本人という構図も、反米というよりは、むしろ、アメリカではなく日本こそが打倒ナチスという、正義の味方の役割をやれたら、かっこよかったんだけどなー・・という、当時の少年達の気持ちが反映されているのかもしれません。

また、ヤマトの「特攻」についても、もともとヤマトは初期の企画書でもほぼ全滅設定だったため、大和の特攻とはあまり関係ないのかもしれません。

ついでに言うと、テレサやスターシャのキャラも、松本氏のいつもの作品と通じるものがあり(メーテルやら千年女王やら)、モデルは奥さんとの説もあることから、それほど白人コンプレックスというわけではないのかもしれませんが・・

このへんは、まだ実態はわからないところもありますが、以上のような可能性もあるという前提で、次に進みたいと思います。(つまり、私が前回書いたのとは逆に、ヤマトに敗戦コンプレックスや欧米コンプレックスをあまり見ない解釈もありうるということです)

さて、次はガンダムです。

宇宙戦艦ヤマトに少しだけ関わり、西崎氏と喧嘩別れした富野氏は、「ヤマトをつぶせ!」という一念で、「機動戦士ガンダム」を作ります。

(注:このへんの詳細は、ガンダムのホワイトベースはなぜヤマトより強いと言い切れるのか?を参照ください。)

ここで、富野氏は、あたかも、日本人だらけであるヤマトに対するアンチテーゼであるかのように(?)、主要キャラから日本人を外しました。

ハヤト・コバヤシは日系ですが、柔道やったり背が低かったりと、ステレオタイプのかっこわるい(?)日本人となっていました。

また、主人公のアムロも、人種的に曖昧にみせていました(初期資料には漢字ネーミング版もありましたが・・)

そして、主要人物には黒人(リュウ)もいれようとしました。

つまり、白人、黒人、東洋人など混成チームでホワイトベースのクルーを構成することで、宇宙世紀の未来を表現しようとしたわけです。

この辺の意識はヤマトとは大きく異なり、スタートレック並みです。

推測ですが、スタートレック並に人種問題に配慮することで、ヤマトの設定の古さを、明確にしようという意志があったのではないでしょうか?

ところが、アニメにおける黒人というものは、当時、表現上もめる面がありました。(具体的には、サイボーグ009における黒人表現が抗議を受けたりした)

そこで、スポンサーが黒人をクルーにすることを嫌がり、結局、彼(リュウ・ホセイ)は、黒人ではなくなりました。

もっとも、それまでの日本の作品で、人種問題をそこまで意識している作品はあまりないため、普通の人は誰も気にとめませんでした。

ところが、一人だけ、ホワイトベースに黒人がいないことに疑問を呈し、突っ込みを入れた人がいました。

現スタジオジブリの高畑勲氏です。

彼は、いくら009の問題があるとはいえ、スペース・コロニーの時代に黒人が不在なのはおかしいと、ガンダムの設定の不備を指摘しました。

打倒西崎氏、打倒スタジオジブリを目指す富野監督としては、おそらく、これは、気にしないわけにはいかない指摘だったのでしょう。

ガンダムというのは、基本的に、高畑氏や宮崎氏、富野氏などが製作した「アルプスの少女ハイジ」と同じで、白人の金髪のお姫様(お嬢様)ものなのですが(セイラにしろ、F91のヒロイン(名まえ度忘れ)にしろ、カテジナにしろ、ディアナ様にしろ)、富野監督は、とにかく黒人も出さなくてはと思い続けたようです。

ついに、Vガンダムでは念願かなって、とうとう主要メンバー複数人の色を黒くし、そのことを誇らしげに語っていました。その中には、ヒロイン(?)のシャクティも含まれていました(インド系のイメージかな・・)。

そして、ターンエーガンダムにいたり、主人公の色までも黒系にすることになりました。

こうして、ガンダムの人種問題は、20年もかけて、いちおう、一区切りついたのでした。

以下、続く・・

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October 07, 2006

ヤマト、ガンダム、宮崎アニメ、エヴァンゲリオン、ゲド戦記における人種問題1

以前から考えていたテーマとして、日本のアニメの人種問題があります。

とりあえず、宇宙戦艦ヤマト、機動戦士ガンダム、宮崎アニメ、エヴァンゲリオン、ゲド戦記といったところを辿っていきます。

なぜ、この諸作品を選ぶかというと、世に与えた影響も大きいし、また、その人種問題への関わりもそれぞれ特徴的だからです。

また、製作者が様々なに絡み合っている点も興味のひとつです。

以下、いつもなら各監督の発言やその出所を明示しながら書くところですが、苦労して書いた挙句に最近のように著作権問題でつつかれるのも面倒なだけなので、発言は特に明示せず、主旨だけ書きます。

まず、宇宙戦艦ヤマトです。

私は、以前、このブログで、宇宙戦艦ヤマトの人員構成(全員日本人・・)を例に引きながら、アメリカ産のスタートレックと比較して書いたことがあります。(参考:宇宙戦艦ヤマト復活について

敗戦コンプレックスをそのまま出したヤマト(日本人vs白人。大和の復活など)と、第二次大戦の勝者も敗者も、冷戦時代の敵対者も含めて皆で一致団結する未来を描いたスタートレック(白人のほか、日系人、黒人女性、ロシア系など敢えて意図的に主要メンバーとした)を比較したものでした。

また、このような作品をあの時代に生み出したロデンベリー(彼は、何と結婚式はわざわざ日本にやってきて神式で行なった!!)の卓見と、アメリカへの恨みつらみをアニメで表現した西崎氏(たしか親が海軍士官)とを比較したものでした。

要するに、いつまでも敗戦コンプレックスを持ち、日本人で固めて大和を復活させ、敵と破壊戦争を行なうという完全懲悪の物語しか作れなかった日本のアニメと、世界一致で(宇宙人も一人、強烈なバルカン人がいたか・・)問題解決に当たらせ、人種問題、思想問題など様々な社会問題を比喩的に描いたスタートレックを比較し、日本のアニメのレベルについて嘆いたものでした。

しかし、しばらく後で、どうも自分のこの認識は間違っていたことに気づきました。

西崎氏がヤマトを軍国調にもっていったという非難は、実は松本零士氏の発言をそのまま信用したものだったのですが、西崎氏の作った初期プロットを見る限り、実は、宇宙船の乗組員は世界各国の当番制であり、たまたまこの年が日本人当番だったのでした。

また、スターシャやテレサに該当する女性はいません。(企画書は、宇宙戦艦ヤマトとさらば宇宙戦艦ヤマトをあわせたような内容です)

また、船も、旧日本海軍の戦艦大和とは無関係です。ただ単に日本人が当番のときの船だったからヤマトと名づけたように読みとれます。

設定的には、世界各国から乗り組み員を集めるプランを持っていた西崎氏と、軍国ものにするのに反対だった松本氏のアイデアが組み合わさる過程で、どうして全員日本人の乗組員で、旧日本軍海軍の大和に乗るという設定になったのでしょうか?

ちょっとわかりませんが、テレビ局の意向なのか、他の誰かの意向なのか、議論の結果なのか・・

ともかく、

・西崎氏の持っていたアイデア:世界各国の乗組員の中で、たまたま日本が当番だった。船も旧海軍の大和とは無関係。ただし、音楽やデザインは旧日本海軍調にしたい。

・松本氏の持っていたアイデア:一人、核になる女性で金髪白人系(??)の美女をおきたい。軍国調はイヤだ。

の2つが変な風に合わさり、結果として、

★日本人ばかりのメンバーで旧日本海軍の大和を復活させて侵略者と戦い、悪いのは白人男性(色は青だったり緑だったり)、でも白人美人女性が女神役。

という、なんか日本の敗戦コンプレックスをそのまま出したかのように読みとれる話となったのでした。

ともかく、いろいろな要素が加わった結果として、地球規模の話であっても日本人しか出てこず、美女役だけ白人という、人種問題という観点からするとかなりである話になってしまいました。

以下、次回に続く・・・

(参考)西崎氏の企画および現状については、西崎義展の手記を参照ください。

西崎氏はまだ獄中かもしれません。しかし、西崎氏の果たした役割の大きさを考えると、もっと光が当たるべきではないでしょうか?

富野監督の言葉を見ても、宮崎監督の言葉を見ても、宇宙戦艦ヤマト=西崎氏です。

ヤマト=松本氏になってしまった現状ですが、ちょっと不公平な感じもするので、西崎作品に焦点をあてたページを作ろうかという気もしています。(ヤマトのみならず、YAMATO2520にも焦点をあてたような)

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August 23, 2006

ガンダム・ミュージアムへの遅すぎる提言

ガンダム・ミュージアム(バンダイ・ミュージアム内)が8月いっぱいで閉鎖することになりました。

開設から3年間とのことです。

私としては、ここ数年は子供が小さかったこともあり、ほとんど行けませんでした。(今回ふくめて全2回)

060819_1513_2子供もようやくガンダム・ミュージアムが楽しめる年齢になってきたので、いよいよ本格的に通おうかと思っていただけに、残念です。

以前行った時は、ガラガラ感があったガンダム・ミュージアムですが、今回は閉鎖間近のためか、激込み状態になっていました。

アトラクションは3つしかないのですが、どれも2時間待ち!

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おまけに食事どころ(ガンダム・カフェ。G-Styleカフェだったかな?)も2時間待ち!

来ては見たものの、何もせずに出て行った人も多かったのではないでしょうか?

さて、前回来たときに比べると、ガンダムのコックピットに入るイメージのアトラクションが追加されていました。

060819_1329_1また、コスプレ衣装を着て、リフトに乗ってガンダムの顔までのぼるアトラクションがあり、前回はやらなかったのですが、今回はやってみました。

考えてみれば、生まれて初めての(そして最後の?)コスプレです。

子供はアムロ。私はシャア!

子供は連邦軍の制服がとても良く似合っていましたが、私のシャアは、さすがに・・・。
皆のヒンシュクを買うこと間違いなかったので、リフトで上る間は、私は子供の相手をするふりをしながら、ずっと、しゃがんで皆の視線から逃げておりました。

スタッフの人にビデオをとってもらっていたので、後で見返して見たのですが、
まさに「認めたくないものだな・・・若さゆえの過ちというものを・・」
としか言いようのないものでした。(若くもないから問題なのですが・・)

また、食事では、前回に引き続き「ザビ家の食卓」を頼もうと思っていたのですが、いつのまにかメニューからはなくなっておりました。

それから、ガンダム・カクテルを片っ端から飲もうと思っていたのですが、現金を持っていっておらず、たまたまJCBのカードを持っていったのですが、JCBは使えませんでした。

060819_15482_2 そのため、自分の食事代がなく、子供に「シャア専用オムライス」を注文したのみで、自分は水を飲んで我慢するという情けない事態になってしまいました。

前回も、ザビ家の食卓でお金がかかり、ガンダム・カクテルを飲めずに終わったので、私は結局、一度もガンダム・カクテルは飲めなかったことになります。

食事も面白そうなメニューが多数あるのに、前回の「ザビ家の食卓」と今回の「シャア専用オムライス」のみという、残念な結果に終わりました。

「オレはまだ何もしちゃいないんだぞ!」(byモエラ)・・ってこれはイデオンのセリフでした

さて、前回のガラ空き時と今回の激込み時、2回来た感想としては・・「やり方を多少変えれば、一流のテーマパークになりうる要素は充分あったのに・・」というところです。

以下、今さらですが、こうすべきではないかという提案をあげていきます。

1.メインの変更
ガンダム・ミュージアムは、立地もあまり良くないのだし、勝負はリピーターをどこまで呼び込めるかです。

現状のように、アトラクションをメインとする構成では、アトラクションをやっただけの人(およびそれすらもやらない人)は、二度と来ないでしょう。

正直言って、あのアトラクションでお金をとってメインにするのは、無理があります。

それにも関わらず、現在は、展示物とアトラクションがメインで、食事がオプションです。

しかし!ガンダム・ミュージアムの真髄は、アトラクションでも展示物でもなく、食事の面白さとコスプレにあると思います。

この2つだけは、間違いなくディズニーランドにすら勝っています。

来た人には全員に、この二つを体験してもらうことを基本戦略としたいところです。

そこで、入場するさいには、デフォルトで服を選ばせ、全員コスプレさせてしまいましょう。

そうすれば、独特の雰囲気が強調され、かつ、テーマパークとして差別化できます。

ディズニーランドでは、大人がミッキーやミニーのカッコをしていると、残念ながら似合いません。

しかし!地球連邦軍の兵士や士官の服というのは、実は、老若男女すべての人が、結構似合うのです!!これは、私も驚きの今回の発見でした。閉鎖が近いせいか、とにかく、皆コスプレしていたのですが、いい年した人もよく似合っていました。そして、皆とても楽しそうでした。

なお、シャアだけは、通常の人では全く似合いません。シャアの服を着たい人には(私だ)、仮面もセットで提供してもらえるとありがたいです。

060819_16081_1それはともかく私の案に戻りますが、入場のコスプレのカッコのままで、食事をさせることを、ミュージアムのメインとします。

アトラクションは、食事の待ち時間のヒマをつぶしに利用してもらうというのが、正しいスタンスだと思います。

そして、入園者全員に、ガンダム・カクテルのサービス(席の予約サービス付き)をすることで、来訪者全員に、コスプレと食事という、ガンダム・ミュージアムの最大のウリを味わってもらうことができます。

2.料金体系の変更
上記の変更にあわせ、現在の入場料500円+アトラクション1つ500円という料金体系をやめ、大人は入園料を一人2000円~2500円ぐらいとり、そのかわり、アトラクションは自由にしたほうが、客単価もあがってよかったのではないでしょうか?

そして、かわりに食事の予約とガンダム・カクテルひとつをデフォルトとすれば、お客は全員コスプレ+食事が可能になるので、ガンダム・ミュージアムならではの楽しみ方が強制的に体験できたと思います。

そうでもしないことには、ただの中途半端な(ゲームセンター + 遊園地)/2の印象が残ってしまいます。

3.ガンダム関連オブジェの集約
ガンダムのイベントはあちこちであり、いろいろ面白い展示物もあるのですが、そのままどっか行ってしまったものも多数あります。

それらを、どんどん集めれば、それだけで結構見所が多くなったはずです。

例えば・・
・ガンダム・シミュレーター・・以前、ゲームショーで出品され、その後、同じ千葉県の「ららぽーと」で1回500円で展示されていたもの。現在はどこにあるのでしょうか?すでにららぽーとからは消えていました。あれを持ってくれば、アトラクションのレベルが多少あがったはず。

・1/1 コアファイター・・昨年ガンダム美術展で置いてあったもの。せっかく、1/1ガンダム(上半身)やザク(頭)があるのだから、あれも置いておけばいいのにと思います。どうせ、ほかに保管しても邪魔なだけでしょう。

051210_1701_thumb_1 ・富野監督作品のガンダムの彫像・・これも、ガンダム美術展であったもの。

・ニュータイプ研究所・・これも、ガンダム美術展でやっていたもの。

以上は、開発費ゼロで、他のイベントで使い終わったものをもってくるだけだから、投資も不要だったはずです。

フロアーは、まだ2つあまっているわけだし(仮面ライダーや戦隊もののフロアーを奪う)。

たいした出費もなく、ずっと充実した施設になりえたはずです。

4.ターゲット客の変更
現在のガンダム・ミュージアムは、どうも、ガンダム・オタクの若者を想定しているようです。

しかし、今回、とにかく小さい子を連れた家族連れが多いのが印象的でした。女同士も多かったですねー。

男同士は本当に少なかったです。

060819_13291つまり、ガンダム・ミュージアムは、ターゲットを間違えていたということです。

もっと、小さい子がいる家族連れや、女性同士をターゲットにすべきでした。

具体的には、まず、照明が暗いです。あれは、かっこいいけど、子供は怖がります。

あとは、疲れた人のために、ガンダムの映像を座って見れる施設が欲しかったですね。

どこにも座る場所がないというのはちょっと・・

真の、筋金入りのガンダム・オタクは、もう結構いい年であり、子連れの可能性も大の世代であることを、忘れているのではないでしょうか?

それから、ガンダム・カフェでは、スクリーンを一つ設置し、ギレンやシャア、ディアナなど、歴代のガンダムの偉い人の演説シーンを一定間隔で流し続けてもらえれば、より楽しかったと思います。

なんといっても、ガンダムは1年戦争だけではなく、いろいろな世代の人が、いろいろな興味で来ています。

ハードに、マニア向けに、1年戦争のモビルスーツばかりに、焦点をあてすぎたのではないでしょうか?

以上、料金体系を変更し、コスプレと食事に焦点をあわせ、他のガンダムイベントの使いふるしを集約し、ターゲットをファミリーや女性に変更すれば、いろいろ集約すれば、かなり面白いミュージアムになったと思います。

ディズニーランドとはいいませんが、少なくとも、ジブリ美術館並みのステイタスは獲得できたのではないでしょうか?

正直、もったいないと思います・・

ナムコのワンダーエッグ(今でもあるのかな?)なんかとは比較にならない、面白みのある施設であったし、テーマパーク系が今一歩苦手そうなバンダイの世界戦略としても、いい実験ができる場だったと思うのですが・・

香港のバンダイのZガンダムの施設についても、こないだ書いたばかりですが、バンダイには、いずれ、ガンダムを使ってディズニーを越えるんだという目線の高さを持って欲しいものです。

せっかく、ワールドワイドに展開できるコンテンツがあるのに、無駄にしているようにしか思えません。

富野監督の様々な発言。
「ガンダムをキーにディズニーのように展開したい」
「ディズニーの客を奪いたい」
「スピルバーグやルーカスを越えたい」

富野監督の目線の高さの、1/100でも見習って欲しいものです。

バンダイは、打倒ディズニーを合言葉にコンテンツの世界戦略を考えて欲しいものです。
最近、ゲームにばかり目がいっているようですが・・

そのためには、今からでも、ガンダム・ミュージアムを再度やり直してほしいところです。

私にガンダム・ミュージアムの再建をやらせてもらえれば、3ヶ月もあれば、かなり変えられる自信があるのですが・・チャンスがあれば、今の会社など即日で辞めて、ガンダム・ミュージアム及び香港などを含めたワールドワイドなガンダム戦略の見直しを行ないたいところです。(成功報酬だけでOKです)

それはともかく、今回、いろいろ写真もとったし、ガンダム・カクテルの紹介文もすべて記録したので、ガンダムのホームページの方でそれらをまとめ、皆様がご自分でガンダム・カクテルを作る際の参考にしたいと思います。

(参考)ノンアルコールカクテル「坊やだからさ・・・」  絶妙のネーミングですね・・

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August 19, 2006

富野語録名作選第四回「どうしたら、ガンダムのニュータイプのような力を身につけられるか」

ガンダムのページを更新しました。

富野語録名作選でガンダムのネタで、第四回をアップしました。

このコーナーも、ここ暫くほったらかしてあったのですが、これからはまた、定期的にアップしていきたいと思います。

今回は、「どうしたら、ガンダムのニュータイプのような力を身につけられるか」です。

最近の若いガンダムのファンは、今さら「ニュータイプ」という言葉を聞いても、あまり感慨ないと思います。

しかし、ガンダム・ブームの頃の小学生(?)は、誰もが「ニュータイプ」という言葉に憧れたものです。

もっとも、スペース・コロニーに住んでいるわけではない、「重力に魂を」引かれまくっている我々には、ニュータイプになる方法論が見つかりませんでした・・

今回アップした内容は、この20年来の探求テーマである、ニュータイプになる方法論について、ひとまず結論を出した内容となっています。

といっても、あんまり真面目にとらず、楽しんで読んでもらえればと思います。

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August 16, 2006

日本の戦争責任について(富野アニメに基づく国家の意思決定モデリングの試み)

靖国神社の参拝に関する議論を見ていて思うのですが、A級戦犯の問題にせよ、神社の参拝の問題にせよ、アジア各国からの批判にしろ、いろいろな議論が噛みあわないのは、そもそも「日本がなぜ戦争をおこしたのか」「誰が主導して戦争起こしたのか」という本質的な問題を、日本人自身が避けているからではないでしょうか?

私は、日本人は、戦後60年以上、この本質的な問題から逃げてきたと思います。

しかし、アジア各国やアメリカの被害者はもとより、いやいや戦地に行かざるを得なかった日本兵や、空爆などでなくなった多くの被害者のためにも、いよいよ、真面目に考える時期がきたと思います。そうでなくては、戦没者が浮かばれないでしょう。

まず、日本人が自分で考える以上、「日本」と一言で行ってはいけないと思います。

具体的には、誰が(もしくはどの勢力が)、日本を戦争に引きずり込んだ(主導したのか)?
個人名もしくは組織名で、その役割の大きさを明確にすべきだと思います。

組織の意思決定は、常に様々な思惑がからみます。
当時も、日本を戦争に導くことで、明らかに、自分が得をすると考えた人(もしくは組織)がいたはずです。
(日本人のなかにも、海外の国のなかにも)

もし、誰も戦争には積極的ではなかったとしたら、特定の個人の問題ではなく、組織の意思決定の問題となります。

その場合、日本の組織の意思決定のあり方に問題があったということになるでしょう。

それであれば、この問題は過去の問題だけではなく、現在も続いている問題かもしれません(現在の政治や、企業など)。

さて、この問題をこれからは追求していきたいと思うのですが、いろいろ微妙な問題をはらむので、以下の手順で検討しようと思います。

1.ガンダムを中心とする富野アニメをベースに、国家を戦争に導くにあたり、どのような勢力が登場するかを概観する。(関係ありませんが、私のガンダムのページはこちら

2.日本が戦争に至る過程を分析した本を、片っ端からできるだけ多数読み、そこでは、誰が(もしくはどの勢力が)問題とされているかを分析する。

3.1ででてきた勢力と、2ででてきた勢力を照らし合わせることで、見落としがないようにする。

なんでわざわざ富野アニメを使うかというと、私は、偏見かもしれませんが、学者や識者が、あまり立派な分析をこのジャンルで成し終えているとは思っていないので、見落としのないように考察するためのツールとして利用したいと考えています。

あとは、ガンダムのイメージを活用することで、当時の個人名に詳しくない人にもイメージがわくようにできたらという意味もあります。

富野アニメといってもいろいろあり、知名度を考えるとガンダムをベースにしたいのですが、どうもガンダムというのは、国家を分析するツールとしては、若干弱いところがあるので、とりあえず頭に浮かぶ富野アニメをいろいろ用いながら、最終的には知名度を考えてガンダムベースに統一できたらなと思います。

さて、国家の構成要素はどんな人がいるでしょうか?

順不同で考えると・・
・一般の人Aタイプ:
つまり、国家の意思決定に一般資格でしか関与できず、戦争などが起きると、なすすべもなく被害者になる人々。
この人たちは、戦争を憎み、いざという時には逃げることしかできない。
富野アニメでいうと、ザンボット3に出てくる一般人が印象的です。最悪の例では、人間爆弾の被害者となる人々アキなどがいます。
現実にはどの戦争でも多数派のひとつでしょう。

・一般の人Bタイプ:
国家の意思決定に一般資格でしか関与できない点はAタイプと同じだが、ナショナリズム意識が強く、戦争に賛成する人々。ジオン公国独立宣言を支えた人々はこのような人たちでしょう。おそらく、経済的事情から不公平意識を持っている。
アメリカ独立戦争を支えた人たちもこういう人たちかもしれない。これも結構多数派か。

・一般の人Cタイプ(=軍人):
一般人だが、いざとなると、戦争に借り出される人々。アムロをはじめ、富野アニメにおける多くの作品での主人公はこれに属します。脇役では、ガンダムにおけるアバオアクーの攻防の学徒出陣の兵士などが思い起こされます。

・一般の人Dタイプ:
一般人だが、生きるために戦争や軍人に協力しようとする人々。ガンダムのミハルなど。

・一般の人Eタイプ:
一般人だが、主義のために戦争や軍人に協力しようとする人々。イラクの自爆テロなどはこういう人かもしれない。

・軍人A:職業軍人:
戦いが好きなタイプ。富野アニメではどの作品にもいろいろ登場。

・軍人B:戦争が好きだが、それを利用して権力を目指すタイプ。Vガンダムのタシロみたいなものか。部下を戦わせるタイプ。自分は安全な場所にいて権力や名声が好き。ザンボット3のブッチャーみたいなものか。

軍人C:主義に生きる人。Zガンダムのエマ・シーンみたいなものか。

軍人D:エリート意識に基づく戦争好き。Zガンダムのティターンズみたいなものか。

軍人E:いやいや戦わせられているタイプ。本当は戦争などしたくない。

軍人F:遠大な将来ヴィジョンに基づいて戦争を考えている人。Zガンダムのシロッコみたいなイメージ。

政治家A:高潔な指導者。多少は個人的な欲望もあるが、基本的に全体のことを考えている人。ターンエーガンダムのディアなタイプ。イデオンのドバ総統なんかも一応そうか。

政治家B:欲のある指導者。プライド高く、自分がトップであることが大事。周囲は道具。ガンダムのギレン・ザビみたいなものか。

政治家c:国家のことより自分の保身が最優先の指導者。

政治家D:国家の拡張を優先している指導者。

政治家E:国家の問題といいながら、実は自分の個人的な感情のために戦争を利用している指導者。イデオンのハルルや、逆襲のシャアのシャア・アズナブルなど。

一番偉い人:イデオンでいうズオー大帝(だっけ?)。要するに昭和天皇のイメージなのです。実権はよくわかりませんが、一番偉い人のことです。

反政府活動家A:理想主義者であり、国家意識をこえ、社会改革を夢見て政府と敵対する人。これはガンダムのジオン・レム・ダイクンそのもの。

商業家A:戦争を積極的に利用して利益を得ようとする人々。ガンダムのアナハイム社みたいなものか。いや、F91の家の方が適当か。

商業家B:戦争のなかで中立的になんとか商売を続けようとする人々。ターンエーの・・名前をどわすれ。

技術屋A:技術研究好き。アムロの父みたいなタイプか。

官僚A:国家の意思決定を担いながら、国家の未来を考えている人。

官僚B:国家の意思決定を担いながら、自分のことを考えている人。

マスコミA:真実を追究しようとする人々。

マスコミB:思想統制の一翼を担う人々。

学者A:いろいろコメントする人。いろいろ出てくる。

うーん、いろいろ書いていて、なんか収拾つかなくなりそうな気がしてきました。書いていて、途中から富野アニメのキャラ名もかなり忘れていることにも気づきました・・

もうちょっと、よく考える必要があるかもしれませんね。とりあえず、この手法で何かしら意味がありそうかどうか、何か1冊サンプルに使って実験して考えてみます。

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August 15, 2006

イデオンに登場したガンダムのキャラたち

今回は、士牙剣さんから提供いただいた、イデオンの画像をアップしました。

士牙剣さん、ありがとうございます!

どちらも、伝説巨神イデオンのページにアップしたのですが、

ひとつは、イデオンに登場したガンダムのキャラたちの画像です。

もうひとつは、映画とテレビのキッチンの死に方の違い(あと、ダラムも・・)です。

とくに、前者のイデオンに登場したガンダムのキャラたちについては、噂ではなんとなく聞いていたような気もしますが、これだけまとめてみるのは私も初めてでした。

面白いのでは、イデオンとガンダムに興味があり、未見の方は是非見てください。

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July 17, 2006

香港のZガンダム

少し古い話題なのですが、今年のゴールデンウィークに香港に行ってきました。

昨年は反日デモが発生して香港行きを中止したので、結構ひさしぶりの香港でした。

香港の魅力はなかなか語りつくせぬものがあり、旅行ページの方でいろいろ書いていきたいと思っているのですが、今回は、あまり語られない魅力として、「Zガンダムと香港」というテーマで書きます。(参考:関係ありませんが、私のZガンダムのページはこちらです

さて、言うまでも無く、Zガンダムといえば香港、香港といえばZガンダムです(→ウソです)。

すくなくとも、Zガンダム(TV版)における最も盛り上がったシーンが香港(ニューホンコン)であったことに同意する方は多いでしょう。

なんといっても、街全体を舞台にし、フォウ・ムラサメのサイコガンダムと、カミーユが戦った悲恋の地でもあり、同時に、アムロが復活した主要な舞台でもあるからです。

現在の香港の街から、Zガンダムとサイコガンダムの戦いや、アムロの復活を直接イメージするのはなかなか難しいのですが、以前香港に来たときに、百式のフィギアをバスに置き忘れたという個人的な思い出もあり、やはり香港=Zガンダムです。

1.香港におけるZガンダムの映画放映

香港でも、Zガンダムの映画3部作を放映したようです。

私が行ったときは、第二部と第三部の同時上映をやっており、あちらこちらでポスターを見かけました。

これです。

060505_1929_1 さて、一見して驚かされたのは、「ガンダム」という文字が来るところが、「高達」と書いてあることろです。

どうも、中国ではガンダムは「高達」らしいのです。

「高い?達する?ニュータイプのことかな?」とか考えましたが、おそらく、音の類似からきているのではないかと思います。広東語(香港)と北京語では、ずいぶん違いそうですが・・

2.バンダイ・スクエアがオープン

さて、バンダイは、香港に、アジア初の(?)バンダイ・スクエアなるものを、最近話題のハーバー・シティー(高級ブランド多数)にオープンしました。

期待して、早速行ってみたのですが、それらしきものは見当たらず・・

オープンそうそう、つぶれたのかと思いました。

どうも、いきなり場所を移転したようです。古い情報だと1Fのトイザラス横だったのですが、実際には2Fのスポーツコーナー横にありました。

060507_1247_2

しかし!11時すぎだというのに、客はおろか、店員もいません。

バンダイのゲームがいろいろ置いてあり、基本的には、単なるゲームコーナーで、ガンダムのおもちゃがいろいろ置いてあるだけのように思えました。

写真などとっていると、ようやく店員らしき人がやってきたので、事実上、12時開店みたいなイメージのようです。

行く人は気をつけましょう(わざわざ行くほどのものではありませんが・・)

3.香港ディズニーランド

さて、話題の香港ディズニーランドにも行ってきました。

ここには、ガンダムは当然ないのですが、スペース・マウンテンがあります。

Zガンダムとディズニーランドのオープンをリアルタイムで経験した世代である私としては、今でもZガンダム=スペース・マウンテンです(→若干誇張あり)。

あの、Zガンダム第1話における、360度が見渡せるコックピットのモニターの登場と、スペース・マウンテンにおける、宇宙全体を360度に見渡す感覚とがダブっています。

今でも、スペース・マウンテンに乗るときは、必ず宇宙全体を見渡しながら、「宇宙(そら)か・・」とつぶやき、Zガンダムのシーンを演じてしまいます。

そういう私ですから、香港ディズニーランドでも当然スペース・マウンテン(名前は変わっていた)に乗りました。

日本とは若干違いましたが、やはりZガンダム気分を味わえました。

ニューホンコンならぬ香港でスペース・マウンテンに乗ることは、現時点ではもっともZガンダム搭乗に近い気分を味わえるイベントではないでしょうか?(→かなり大きな誇張あり)

なお、香港ディズニーランドは素晴らしいです。

内容は日本のディズニーランドと同じようなものですが、ずっとすいています。

最近の日本のディズニーランドの込み方は異常としか思えないレベルで不快なので、ひさびさにアトラクションを純粋に楽しめました。(日本だとディズニーシーは比較的すいてて好きです)

4.全般的な感想

香港ではガンダムそのものはメジャーです。

トイザラスや空港などにも、多数のガンダムのおもちゃが売っています。

ただし、非常に盛り上がっているかというと、むしろ、香港独自のアニメがあまりない分、ガンダムが存在感をもっているというような気がします。

まあ、経緯はともかく、ライバルとなるアニメもなさそうだったので、バンダイには、バンダイ・スクエアふくめ、もう少し真面目にやってもらえたらと思います。

単に日本で放映している映画をそのまま流したり、おもちゃをそのまま流用して販売するのではなく、香港発のフィギアなども発売してもらえると、「アジア初!」とまで宣伝はしているバンダイ・スクエアも、もう少し意味が出てくるのではないでしょうか?

たとえば、香港人の好きな黄金色にあわせ、百式の風水置物バージョンなんかどうでしょうか?

「部屋に飾るだけで金運を招く百式」など売ってくれれば是非買いたいものです。

バンダイとディズニーランドのグッズは、ほぼ全て日本と同じものしかなく、がっかりしました。

一方、グリコなどは、専門店をもうけ、「香港特製 フカひれ味のプリッツ」、「マンゴー味のコロン」など、香港色で勝負したオリジナル製品を日本人観光客相手に一生懸命売り込んでいました。

バンダイも、あの高級品街に出店する以上、香港人だけでなく、日本人観光客を相手に商売することを考えてみるのも面白いと思います。

なんといっても、香港に夫婦や家族で出かける場合、女性は様々なブランド品を探して時間をつぶせるわけですが、男性や子供は、その間ヒマをもてあますわけなので、そのへんをターゲットにしてこそ、ブランド店が多数並ぶハーバーシティーにバンダイ・スクエアをオープンする意味も出てこようというものです。

そのへんまでターゲットを拡大するぐらいの気持ちがないと、私が次回香港に行った時(来年かなぁ・・)には、間違いなく、バンダイ・スクエアはつぶれているでしょう。(現在でもただのゲームコーナーだったのですが、あれでは、何の売上にもつながらないと思うのですが・・)

「地球の歩き方」「るるぶ」などの香港の観光ガイドブックに、「ハーバーシティーで女性はブランド品を買いましょう!その間、ヒマな男性やお子さんはバンダイ・スクエアで香港オリジナル・ガンダム・グッズでも買わせて遊ばせておきましょう!」と書いてもらえるように、頑張って欲しいものです。

そして、ゆくゆくはバンダイ・スクエアの中心にはサイコガンダムの巨大な立像など立ててもらえると、香港の怪しい魅力もまたひとつ増えようというものですし、観光客が減っていて困っている香港観光局にも感謝されること間違いなしです。

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June 25, 2006

第三次スパロボαのイデオンの発動画像アップ

士牙剣さんに提供いただき、第三次スパロボαにおける、イデの発動の画像をアップしました。士牙剣さん、ありがとうございます!

画像はこちらのページです。

スパロボページもしくはイデオンページからでもリンクしています。

最近は私もイデオンのページをほとんど更新しておりませんが、まだ多少書きたいこともあるので、今後も時折コンテンツを追加したいと思います。

そういえば、スパロボもやっていないなぁ・・

今年は宮崎アニメもなく(ゲド戦記はあるけど)、ガンダムもない(富野アニメはありますが)ということもあり、宮崎アニメおよびガンダム系の旧作コンテンツは今年のうちに一通り完成させ、来年以降の新作に備えたいという気持ちはあるのですが・・

ホームページ作ってて思うのですが、ある程度話題のテーマでページ作り始めても、検索エンジンで上位にはいけず、結局誰もみないページになりがちです。

過去のテーマでページ作ると、検索エンジンにはひっかかりやすいのですが、もともと見る人が限られているので、やはり見る人は限られます。

最近作ったダ・ヴィンチ・コードのページや、去年作ったZガンダム、おととし作ったハウルの動く城のページは完全に前者のパターンで、結構それなりにコンテンツ作り、上位ページに負けない自信はあっても、ほとんど検索エンジンにはひっかかりません。

イデオンやボトムズのページなんかは後者のパターンで、検索エンジンではそれなりに上位にくるのですが、もともと見る人が限られています。今度作るターンエーガンダムのページもこの路線になります。

見る人がいないと、やる気がなくなってきて、もともと予定していたコンテンツすら書かずに終ってしまうことが多々あります。

たまには、時流にあったページを作りたいものだと思うのですが、ハウル、Zガンダム、ダ・ヴィンチ・コードでわかったのは、世間で話題になってからホームページつくりはじめたのでは、私の製作速度では遅すぎて時流にのれないということです。

そこで、まだ世間の話題になっていないテーマで、かつ私が比較的語りたいテーマがあるものは何かあるかなーと考えてみると・・12月にジェームズ・ボンド(007)の新作「カジノ・ロワイヤル」がありました。

12月なら、まだ半年あるので、いまから作れば、それなりのページが、映画公開で盛り上がる時期には出来るかもしれません。

ということで、今後はのろのろとジェームズ・ボンド関連のページも作っていくことにしようと思います。

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June 17, 2006

正しい解釈について

これまで様々なアニメの解釈を行なってきました。
解釈にもいろいろあって、物語を理解するのに必要と思われる解釈もあれば、理論(フロイトやユングなどの精神分析系、構造分析などの文化人類学系など)を試す実験として行なった解釈もあり、なかには、遊び心だけで作った冗談のような解釈もあります。(例:作品批評の理論について)

解釈のポイントは、とにかく、ある視点でみれば、こういう理屈付けも可能なのではないか?という論理的一貫性です。

なかには、作者ですら絶対に考えてないことが明らかなケースでも、無理やりどこまで解釈可能か試した例もあります。

また、「エヴァンゲリオン」のように、監督自ら、「正解」や「真実」の存在を否定しているケースもあります。

「正解」がないと言われていても、なぜ人は(今回のケースでは私個人ですが)、解釈により論理的整合性を持った「真実」を探ろうとするのでしょうか?

現在公開中の映画「ダ・ヴィンチ・コード」は、典型的な、ひとつの謎の解釈です。(参照:ダ・ヴィンチ・コードのページ

キリストとマグダラのマリアは結婚していたのか?子供はいたのか?秘密結社は存在するのか?レオナルド・ダ・ヴィンチは作品にどういう意図を込めていたのか?そして、ルーヴルで起きた殺人事件の意味は?
これらの謎をすべて結びつけるとどういう解釈が生まれるのかが、作品のポイントとなっています。

それに対し、同じテンプル騎士団を扱ったミステリーである「フーコーの振り子」の著者であるウンベルト・エーコ(もともと記号論の学者です)は、人間の解釈の力そのものに疑問を呈しています。

テンプル騎士団の謎を扱った「フーコーの振り子」といい、黙示録のとおりに連続殺人事件が起こる「薔薇の名前」といい、その真のテーマは、ある事象に対して、無理やり論理的に「正しい」解釈を行なおうとする、人間の思考そのものを批判することを目指しているような気がします。

その意味で、数千年の謎を統一的に解釈しようとするダ・ヴィンチ・コードと、同じようなテーマの解釈を行なう「フーコーの振り子 」とは、同じく「謎」に対する「正しい解釈」をテーマとしながらも、正反対の視点にあるといえるでしょう。

数千年間に起きたAという事件(例:キリストの処刑)、その千年後に起きたBという事件(例:テンプル騎士団の処刑)、現代に起きたCという殺人事件に、論理的整合性を持った解釈を生むことは可能であるが、それが「真実」といえるのかどうか?

推理小説ふうに別な言い方をすると、同じ場所で黙示録に沿っておきたAという殺人事件とBという殺人事件と、Cという殺人事件。この3つは、関係するのかしないのか?(薔薇の名前はこっちの路線)

エーコの著書は、推理小説というジャンルそのものの否定を行ないながら、人間の論理的思考の限界を示しているような気がします。

私は、現実社会の解釈としては、ダ・ヴィンチ・コードのように、謎の一貫性を求めたり、私自身のアニメ解釈のように、作者が否定していてもとにかく一貫した論理性を作ろうとするものよりも、エーコのように、人間の解釈の限界性・・・つまり、いくら正しい解釈を作ろうと、所詮それは事実とは無関係なものでしかない、という認識の方が正しいと思います。

さて、数年前、ニューヨークのテロで、ビルが爆破されました。
あの事件は、どう解釈するのが正しいのでしょうか?

エーコは、ひとつの意見を発表しました。
それは、(よく覚えていないのですが)イスラム社会とキリスト社会の対決という解釈だったと思います。

私はがっかりしました。
あれほど、人間の「解釈」の限界を示し続けていたエーコが、いざ、現実の社会の解釈を行なったとたん、「イスラムVSキリスト教」もしくは「アラブ社会vs西洋文明社会」みたいな、とても多くくりな「解釈」しかできなかったことに、驚かされたのです。

イスラム教徒にしたって、アラブ世界にしたって、様々な人や立場があるだろうに、なぜ、ごく一部の組織の行為を、そこまで広げてひとくくりに解釈してしまえるのだろうか?と思いました。

日本の歴史でいうと、「なぜ日本は戦争したのか」という問いが同じような意味を持っていると思います。

そもそも、開戦当時における、「日本」とは誰なのか?
「日本」が戦争を開始したのか?その時の「日本」とは誰で、どのような「ロジック」で、戦争を開始したのか?

私自身が調べた範囲では、当時、誰ひとり、個人レベルでは、「ロジック」で戦争をやろうとした日本人はいませんでした。やっても負けることは誰でもわかっていました。それが、組織としての動きになった途端に、誰の意思でもない方向に動くことになりました。(戦争の発端参照)

このへんの解釈は、エーコよりも、むしろ、富野アニメの方が優れていると思います。
富野アニメでは、敵との戦いよりも、むしろ、仲間との内輪もめや、ライバル心が多く描かれます。
また、ひとつの国や民族が起こす戦いが、集団的なロジックではなく、個々人の様々な意識(嫉妬や、個人的な欲望や、利害など)の積み重ねにより、結果として、誰も意図していない方向に組織として展開していく様子がよくわかります。

これは、企業などで働いていると、誰でも実感できるのではないでしょうか?
ライバル会社打倒!などと考えている人はわずかで、ほとんどの場合、そこで人々の意思決定の原動力になっているのは、愛社精神などではなく、従業員ひとりひとりの、個人的な利害・損得・出世欲などです。

立派な企業が、時として意味不明な失敗を平気で行なうことの一因も、もしくはひとつの国家が失敗するときの一因も、同じことでしょう。

このように、組織が絡むと、「正しい解釈」は大変難しくなってきます。

「それはね・・でも、お父様のおっしゃりようは理想すぎます。組織そのもののもつ悪癖を知らなすぎます。」(小説版「ガンダムF91」より抜粋)

組織の意思決定をどのように解釈するか?

「組織と個人の軋轢を見上げる少年を通して人の意識の膠着性を見る」・・Zガンダムの企画書より

話かわって、富野アニメでは、常に、組織と個人のせめぎあいがテーマとなるのに、宮崎アニメでは、なぜ、組織はテーマとはならないのでしょうか?

宮崎アニメでは、主人公は、つねに、組織から外れています。
おそらく、宮崎駿監督のお父さんが、日本軍時代、上官に泣かれながらも戦争を拒否し、日本国内で工場長をやり、のうのうと、女遊びをしながら(?)暮らしていったことと関係があるような気がします。

日本国全体が、多数の死者を出しながら戦争の泥沼にはまり込み、地獄のような状態におかれるなかで、さっさとそれを放り出して、やりたいことをやっていた父親。

おそらく、宮崎監督にとって、父親の存在は、「戦争により一丸となった組織」のリアリティのなさを明示するとともに、組織から外れる生き方を示すヒントにもなっていたのではないでしょうか?

さて、話を戻しますが、人間の思考能力には限界があり、個人の集合体としての組織をイメージすることは難しいし、逆に、結果的には、組織としてどういう行動を行なったのかという理解の方が個人に目を向けるより、はるかに意味を持つ面は確かです。(戦争のように)・・・思考の欠陥①

もうひとつの人間の思考能力の特性として、無理やりにでもいくつかの事象に論理的な整合性をつけようという傾向があります。(ダ・ヴィンチ・コードや私のアニメ解釈のように)・・思考の欠陥②

この2つの思考の陥穽を通り抜け、なおかつ、事実の羅列以上に、事象の理解に有意義な貢献をなす理解というものができれば、それが、現状ではもっとも「正しい解釈」に近いのかなーと思いますが・・なかなか難しいですね。

たぶん、人間の思考の根本的な特徴に逆らうことになるのでしょう。

アニメ分析でも企業分析でも、小説や政治の分析でも、なんでもいいから、そういう解釈を見てみたいし、自分でもやってみたいのですが・・

経済学における、個人の欲望を関数化して、その集合体として市場の動きを捉える考え方など、アイデアとしては面白いのですが、あれはあれで現実を捉えるのには難しい方向に突っ走っている気がしますし・・

たぶん、個人に焦点をあてて組織を考えるという点では正しいのですが、無理やりにでも事象をモデル化して考えている点がまずいのかもしれません。(つまり、思考の欠陥①は数式モデルで突破したが、そのぶん、数式モデルで一般化され、思考の欠陥②にずっぽりとはまっているというか)

ロジックで謎を解明する伝統的な「推理小説」というジャンルや、事件の動機を重視する犯罪の「捜査方法」が、エーコが様々な作品を出した80年代から揺らぎ始め、かわりに「FBI心理分析官」や「羊たちの沈黙」のような、動機無しの連続殺人に注目が集まり、「解釈」よりも事実の結びつきの発掘(データマイニング)に焦点が移ったことは、90年代以降、(パソコンの高性能化に伴って)企業のマーケティング手法でデータマイニングが取り入れられていったこととも関係があるようなないような・・
ともかく、「犯罪」や「マーケティング」など現実社会においては、「解釈」では限界がある事象に対し、事実データの結びつきの方が、重要な分析結果をもたらす例がいろいろと登場してきているということでしょう。

ここまで書いていて思ったのですが、これ以上、解釈の理論を「解釈」してみても、あまり進展なさそうなので、今後は時々、アニメなり企業なりの具体例を用いながら、ひとつひとつ丹念に分析しながら、考えてみたいと思います。

(参考)今回取り上げた作品

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April 01, 2006

Zガンダムページの拡充

先週は、少々Zガンダムのページのコンテンツを追加しました。

基本的には、富野監督のインタビュー系を3つ追加(ひとつはTV版、ふたつは映画版)したのですが、今回からの新コーナーとして、モビルスーツについて語るページを作ってみました。

私は、ガンダム系のページをいくつも作った割には、「ザク」という単語すら全くでてこないという、内容的に片寄ったページだったので、今後は、モビルスーツの魅力についても語ってみたいというところです。

第一回は、Zガンダムの「パラス・アテネ」。(Zガンダムにおけるパラス・アテネ 参照)

いきなりマイナー系ですが、まあ、たまたまコンビニで売っている500円のフィギアを見て感銘うけたので・・

今後は、各作品の代表的モビルスーツ(モビルアーマーも)については、何かしら書いてみたいと思います。

もっとも、読んでいただければわかるように、かなり片寄った視点ですが・・

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