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November 29, 2007

装甲騎兵ボトムズ 「孤影再び」とゲームペールゼン・ファイルズ攻略アップ

装甲騎兵ボトムズのページで、ここ数日いくつか更新を行いました。

ひとつは、日経エンタテインメント誌に連載されたいた高橋監督の小説「孤影再び」の論評・感想みたいなものをアップしたことです。

ただし、これは、ネタばれの内容が含まれますので、未読の方は注意してください。

装甲騎兵 ボトムズ 孤影再びのページへのリンク

もうひとつには、ボトムズのゲームのペールゼン・ファイルズのシナリオをとうとうクリアしたことです。

これは、非常に難しかったので、攻略メモを書きました。

あくまでも個人的な攻略法ですが、何かしら参考になれば幸いです。

装甲騎兵ボトムズ ペールゼン・ファイルズ 攻略

OVAの面はどれも難しいのですが、ペールゼン・ファイルズほどではないような気がしているので、この後は比較的順調にクリアできるかな(?)と思っています。

(かくやくたる異端はクリアし、今はラスト・レッドショルダーはじめました)

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November 25, 2007

宮崎駿監督発言集 ルパン三世への愛と決別アップ

宮崎アニメのページのなかの、宮崎駿監督発言集をひさびさに更新しました。

今回のテーマは、ルパン三世への愛と決別です。

宮崎駿監督のルパン三世への発言をこれだけまとめたものは、あまり例がないのではないでしょうか?

もっとも、内容は、全文抜粋から一言抜粋、引用元も載せたり載せなかったりと、レベルもまちまちです。

また、いくつかまだ未掲載の文章もあるので、修正が必要ですが、まあ、とりあえずの第一弾ということで。

もし、宮崎駿監督の、ルパンへの熱く、複雑な思いが読んでいる人に伝われば、このコンテンツの役割は果たせたことになります。

また、これを読んでもそれが伝わらないようであれば、私の編集の問題ですので、再度、他の発言も含め、追加・修正を急がなくてはいけないと考えております。

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November 18, 2007

装甲騎兵ボトムズ PS2版ゲームについて

おととい、装甲騎兵ボトムズの、PS2版のゲームが発売されました。
私としては、初めて予約して買ったゲームということもあり、さっそく遊んでいます。

ようやくTV版のエンディングまでたどりつき、今現在、エクストラシナリオのペールゼン・ファイルズを始めたところです。

さっそくホームページの方も作りました。

装甲騎兵ボトムズのページのなかの、装甲騎兵ボトムズ PS2版ゲームです。

今後もゲームの進捗にあわせて更新していきます。

もし、皆様も、こういう情報がある、とか、こういうの知りたいとかあれば、ボトムズの掲示板にでも書いていただければと思います。(メールでも結構です)

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November 11, 2007

装甲騎兵ボトムズ ペールゼン・ファイルズのホームページ作成

ようやく、装甲騎兵ボトムズの新作OVA、ペールゼン・ファイルズを見ることが出来ました。

さっそくホームページを作成しました。装甲騎兵ボトムズのページの中の、装甲騎兵ボトムズ  

 ペールゼン・ファイルズのページです。

私のボトムズのページは、もともと、新作開始のための応援という位置づけで始めたものでした。

個人的には、異能生存体というテーマとは別な作品を作って欲しいという願いもあって、それを主張したいという気持ちで作っていたページでしたが・・

結局、今回も異能生存体のシリーズでしたが、とにもかくにも、新作が発売されたことを素直に喜び、応援したいと思います。

今後も、シリーズの展開を見守っていきたいと思います。

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November 04, 2007

天空の城ラピュタのホームページ開設

以前から作る作るといっていた天空の城ラピュタのホームページですが、ようやく開設しました。

宮崎アニメのページの中の、天空の城 ラピュタのページです。

今回はとりあえず天空の城ラピュタ論という考察のみです。

今後、いろいろ他のコンテンツも増やしていきたいと思います。

天空の城 ラピュタ論では、ひとつのラピュタについての解釈を示しています。

純粋な娯楽作として作られた作品に対し、こういう視点で考えるというのは、製作側からすると不本意だろうと思いますし、悪い気もするのですが・・

まあ、ひとつの解釈ということで。

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November 02, 2007

富野哲学の展開について

以前から作ろうとしている、バイストン・ウェルのページに載せるコンテンツの一つとして、以下の文章を書きます。

認識の哲学としての富野哲学

富野哲学とは、認識の哲学である。

その認識論のテーマが最も追求されていた時期は、機動戦士ガンダム、伝説巨神イデオン、聖戦士ダンバインといった作品群の時期である。

この論文では、認識論としての富野哲学が、この3作品でいかにテーマを追求し、展開をとげ、そして挫折していったのかを考証する。

1.機動戦士ガンダムにおける認識論

機動戦士ガンダムにおいてのテーマは、人間の認識はいかに変わりうるかということであった。

その基本的なアイデアは、地球という狭い環境に存在する人類が、宇宙という広大な環境に移動したとき、その認識力は変わらざるを得ないだろうということであった。

その空間的な変化に対応する認識の力の変化は、作品中ではニュータイプと呼ばれた。

それは、空間的な隔たりにかかわらず、お互いが、そのまま理解できる力として構想された。

「広大な宇宙空間で通信するのに必要なコミュニケーション能力が、オーラ力のテレパシーとして開花するのではないか。
つまり、大脳皮質がフルに働き出したために、広大な宇宙でスムーズに人を誤解なく理解できるようになった人、それが「ニュータイプ」なのです。」

2.伝説巨神イデオンにおける認識論

機動戦士ガンダムにおいては、認識力の強化は人間を「わかりあえる」存在にしうるとされた。

しかしながら、翌年、富野監督は、認識とはそもそも何なのかをもう一度改めて考え直した。その結果が伝説巨神イデオンである。

ここで富野監督がたどり着いた結論は、以下のものである。

・人間の認識は、3歳前後で固まってしまい、それ以降は変化しないということ。

・人間の認識力は変化しない以上、人は「わかりあえない」ということ。

つまり、機動戦士ガンダムの結論は180度変わったのである。

・人間の認識力が変化する時期は、赤ん坊~幼児期、睡眠時、死後のみであるということ。

これらのことを表現するために富野監督は、「イデ」という概念を使った。これは、富野監督の表現では、「認識力の集中した場所」ということである。

「所詮イデはイデでしかなくて、一口に言いますと、<知的生物の認識力の集中した場所>だと思ってください(富野監督アニメック53号インタビュー)」

「やはり、イデは実在ではなく、”知性の認識”が共振する”場”と考えたい。(イデの発現についてのメモ)」

なお、これらのイデの概念についての詳細は、イデオン論を参照のこと。

3.聖戦士ダンバインにおける認識論

ガンダムで認識能力の変化の可能性を描き、イデオンで認識の力そのものをテーマにした富野監督は、ここにいたり、さらに野心的な追求を行うことにする。

それは、そもそも認識というものが、どのようにして発生するのかという点を追求することであった。

そのためにバイストン・ウェルという世界を仮定する。

ここは、人間が、生まれてからものごころがつくまでのわずかな間、表現を変えれば認識力がつくまでのわずかな間が、バイストン・ウェルなのである。

「バイストン・ウェルのことを覚えているものは幸せである」

このバイストン・ウェルという世界と、地上の世界(いわゆる現実世界)を対比させることで、象徴的に、人間の精神構造の発達史(つまり認識能力の発達)を描くことが、この作品のテーマであった。

・・以下、続く・・・

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