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July 21, 2005

アナハイム・レポート1(日本航空とZガンダムとエヴァの保守について)

今回より、ビジネスがらみの真面目な問題をアナハイム・レポートとしてお届けします。
とりあえず、第一回は、日本航空の一連の品質低下問題です。

私は、たまたま、本業ではないのですが、家電系、コンピューター系、エネルギー業界系の3つの保守関連のプロジェクトに参加したことがあります。

故障したら、修理するより新品に変えてしまった方が安上がりな商品から、故障したら大惨事間違いなしの業界までです。数千円の商品から数億円の設備までといったところでしょうか。

さて、3つのプロジェクトで学んだことのひとつは、これほど異なる業界であっても、共通項もあることです。

この問題を考えるのにあたり、面白いと思うのはZガンダムの保守です。

富野監督は、もともと、後方支援の重要性を示したかったそうで、それがガンダムでのマチルダさんの登場になったり、Zガンダムで整備担当の方が頻繁に出てくる展開になったようです。

さて、Zガンダムは、ご存知のように(?)、カミーユが設計図を書きます。作るのはアナハイム社ですが、運転はカミーユ。保守(メンテナンス)は、カミーユと仲の良い整備担当者がやっています。

これは、結構すごいことなのです。設計-製造-運転-保守の連携が理想的にできています。
カミーユは、マシンにわずかな異常があった場合ですら、どこを調べればいいか、すぐわかるでしょう。
設計ミスなのか、製造ミスなのか、整備のミスなのかすらわかると思います。

普通の業界では、こうはいきません。設計者は設計しかしらず、製造は製造だけ、運転は運転だけで、保守は保守は保守だけです。
そこで、様々なトラブルが発生しますし、それが何に起因するのかもわかりません。
大事故は、間違いなくこういう過程の中で生じます。

一例をあげますと、昨年、六本木ヒルズの回転扉で子供が事故にあいましたが、あのケースでは、設計のドイツの会社はすでに倒産しており、運用会社は、扉を豪華にみせようといろいろ細工して、設計仕様の2倍の重量にしていたそうです。

別な例をあげますと、パソコンなんかは、以前はなかなか壊れるものではありませんでしたが、現在はよく壊れます。初期不良も多いです。昔は、国内メーカーが設計からサポートまで一手にやっていましたが、現在は海外でモジュール買って組み立てているので、どうしても、昔のようにはいきません。

ようするに、一般論として、設計-製造-運転-保守の間の、連携がよければよいほど、品質は高いといえますが、現状の日本では、このへんは難しくなっています。全て国内でやると人件費がかかって、価格競争で負けますので・・

さて、ここで、もうひとつ問題があります。
国内でやると人件費がかかる場合、普通は海外に委託します。
しかし、その場合、きっちりマニュアル化しないと、意図が伝わりません。
当然、マニュアル化しますが、そのさい、国内だったら、ある種の職人気質に任せていたものが、そういうわけにはいかなくなります。

このへんの問題は、エヴァンゲリオン7話「人の作りしもの」がよく描けています。

時田 「制御不能に陥り、暴走を許す危険極まりない決戦兵器よりは、より安全だと思いますよ。制御できない兵器など、ヒステリーを起こした女性と同じですよ。手に負えません。」

リツコ 「その為のパイロットとテクノロジーです。」・・注:ここで、パイロットは整備員に読み替えてください。

時田 「まさか、科学と人の心があの化け物を抑えるとでも・・。本気ですか?」

リツコ 「ええ、もちろんですわ。」

時田 「人の心などという、あいまいなものに頼っているから、ネルフは先の様な暴走を許すのですよ。」 

つまり、機械を制御するのに、「人の心」という曖昧なものに頼るかどうかです。

整備員の職人気質にかけるべきか・・それとも、そんな曖昧なものに頼らず、マニュアル化して、その指示どおりにチェックすることを期待するべきか・・これは難しい問題です。
少なくとも、海外に出すのであれば、マニュアル化は大事な要素です。

さて、ようやく日本航空の品質問題です。
実態はいろいろあるのでしょうが、私は、最近たまたま見た昔の一連の報道についてのみ語ります。

1985年 日航機墜落
1986年 修理ミスをおこない、事故の原因を作ったボーイング社に対し、職員は派遣して製造を監視することを決定。

「あの事故はメーカーを盲信していたために起きた」というのが日航の戒めだ。(日経1986年7月28日)

同じく1986年 整備員に対し、機体への責任を持たせます。
以下、日経1986年の2月3日記事より抜粋

(今までは)効率第一の考え方から、特定の機体に特定の整備士をあてはめるのではなく、交代制勤務の中で、各チームが日常の整備作業をこなす方式をとっている。これだと各チームとも特定の機体に縛られる必要はないが、逆に“流れ作業”の中で整備の現場と機体の間のつながりが薄れがち。

(今回は)一機ごとに整備責任者を指定、所属させ、日常の整備に対する責任感を強め“愛機精神”を高揚させるのがねらい。ジャンボ機墜落で失われた信頼回復をねらい、パイロットと現場整備士との間の信頼関係樹立にも役立たせる。世界でも例のない制度だという。「これが私の愛機だ」の精神を徹底させるという。
 昨年八月のジャンボ機墜落事故の原因が、五十三年のしりもち事故に対するボーイング社の後部圧力隔壁修理ミスだったことから、将来地上や飛行中機体に異常が起きても特定の整備士が受け持ち機のクセなどを熟知していれば、事故防止につながるとの期待も込められている。

つまり、日本航空は、事故の教訓を生かし、翌年には以下の2点を行ったわけです。
①設計、製造であるボーイング社との連携強化
②整備士の「人の心」を重視することで、機体と、運転手、保守の連携を強化

その結果、1990年のボーイング社の調査では、日本航空は、
・定時出発率
・空中エンジン停止率(低いほど良い)
でどちらも、世界最高の成績をあげ、整備能力世界一という評価を得ます。

さて、その後、何があったのかはよく知りませんが、
2000年 更なる安全のために、複数人での整備に切り替えます

 一人の整備士が同じ機体に付いている二つのエンジンを同時に整備する場合、同じ間違いをし、最悪の場合、空中で二つが同時に停止する可能性がある。 新しい整備方式は、一人の整備士が機体の左右にあるエンジン関連の整備作業を、左と右の両方で同時に行うことをやめ、同時に行う場合でも左と右で別々の整備士が作業する 日航の担当者は「これまでに比べ一歩踏み込んだヒューマンエラー対策といえる。これでさらに安全性を高めたい」と話している。

これは、安全対策から行われたものですが、14年前の哲学とは根本的に違います。
人を、ミスするものとしてとらえ、整備員の「人の心」にかけることをやめています。

時田 「人の心などという、あいまいなものに頼っているから、ネルフは先の様な暴走を許すのですよ。」 

という感じでしょうか。

おそらく、これは、海外依存率の増加の影響もあると思います。

航空業界では、整備部門の海外への外注化が進む。機体を海外で整備する割合は、日本航空グループが九〇年度の約四%から二〇〇二年度は約三六%に急増、全日空グループは九九年度の約七%から〇四年度約一三%になった(日経2005年5月25日)

整備の海外外注は、4%から36%まで一気に増えています。これは、以前のように、「これが私の愛機だ」の徹底というわけにはいかないでしょう。マニュアル化し、それでも信用できないので、間違いを犯すという前提でシステムを組みなおしたのが、先ほどの、複数整備士でのチェックだと思います。

さて、私は、日本航空の選択を責める気はありません。
海外との人件費の格差や、2007年問題で、以前からの技術者が大幅に減少する問題を考えたり、少子化問題を考えたりすると、日本だけでやっていくのは無理があります。

しかし、だからといって、どんどん海外に出していくと、品質は確実に落ちます。パソコンならまだしも、航空業界は事故は大変な結果を生じます。

米国なら、まだしも英語での意思疎通ができるので、比較的問題ないのですが、日本人の場合はそうはいきません。

しかし、海外への外注が避けられない以上、目指すべきものは、国内連携以上に、海外の整備会社と連携を緊密にすることです。
この問題は、最終的には、設計-製造-運転-保守のコミュニケーションの問題にいきつくしかないのです。
海外に出す場合には、逆に、国内でやっているとき以上に、相手と連携を密にし、パートナーとしてやっていくしかないと思います。

逆にいうと、日本の多くの会社は、同じビルの中にあっても、ろくにコミュニケーションできていないのですから・・
距離の問題ではありません。

1985年の事故からちょうど20年。(奇しくも、ZガンダムのTV放映と同じですね。)
日本航空には、事故を起こさずに成功事例となるよう頑張って欲しいものです。

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Comments

なかなか興味深い内容を読ませて頂きました。

僕は音楽をやっているのですが、カミーユほどのレヴェルではありませんが、自分の操る「機体」を自分で設計し、製造し、整備し、そして操縦しています。 

http://www.eonet.ne.jp/~channel-d/NewPages/switchProject.html

なぜ、こういう表現の手法をとっているのかというと、欲しいモノが世間には存在しないこと、コストをマンパワーで圧縮できること、最終的な責任は自分が負えること、などでしょうか。分業が進みすぎている今日の業界では、音楽の一表現手段として音響的なアプローチを考えるとき、ソフトウエアやハードウエアにパフォーマーが精通していることは意外と重視されていません。このために、巷に発表されている作品は分業による弊害なのでしょうか、どうしても金太郎アメのように均一化されてしまっているように思えます。 所詮は悪あがきかも知れませんが、出来る限りは自分で何事もトライしてみたい、そう思って音楽を続けています。

http://www.eonet.ne.jp/~channel-d/NewPages/AudioLink.html

Posted by: ヤススキイ | July 21, 2005 at 01:32 AM

音楽でも同じでしょうね。それにしても、凄いページですねー。専門的で・・
今度ゆっくり見させていただきます。

Posted by: yasuaki | July 21, 2005 at 07:06 AM

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