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June 10, 2005

新しいガンダム論に向けて(素案)

Zガンダムの映画の方向も見えてきたことに伴い、いよいよ、ガンダム、とくにアムロとシャアの物語としてのガンダムを語るべき時期がきているような気がします。
もともと、この2人は「機動戦士ガンダム」で戦いを始め、テレビ版では「Zガンダム」に引き継がれ、最終的には「逆襲のシャア」で終わりを告げます。

しかし、この2人のかかわり方は、作品ごとに大きく異なります。
これを整合性をもって考えることは、実は結構難しいような気がします。

アムロは、まだ比較的一貫性があります。あえて言えば、「逆襲のシャア」でのアムロはいきなり大人になったというか人格ができていたというか・・

シャアの場合は、かなり難しく、「Zガンダム」での彼の発言と、「逆襲のシャア」の彼の発言を並べると、大きな揺れがあります。それらが、最後には、「ララァは私の母になってくれるかもしれなかった」みたいな発言につながるわけで、この流れにおける彼の思想的変遷を整理する作業が必要です。

最近、この2人の対立をうまく理解できるようになるかもしれない鍵に思い当たりました。
・「機動戦士ガンダム」で、いろいろ対立。とくにアムロが少年から青年へと成長していく姿が描かれました。

・「Zガンダム」ではシャアはいろいろ悩みながらはっきりした立場をとりきれず。アムロは一応の復活。
→ここで注目したいのは、シャアが、ブライトだったかハヤトだったかが子供をつくっていることについて、あからさまな嫌悪感を心の中で示すシーンです。TVでは映像だけなのではっきりしないのですが、小説では心の言葉で表現されていました。
一方、アムロはベルトーチカと出会います。

・「逆襲のシャア」では、再度対立。最後にシャアは、「ララァは私の母になってくれるかもしれない存在だった」発言をします。
→ここで注目したいのは、映画の初稿である小説「逆襲のシャア ベルトーチカ・チルドレン」です。
ここでは、ベルトーチカは妊娠しており、アムロの人間的変化は自分の子供が生まれそうになっていることと密接にリンクしています。この案は、スポンサー側のコメントにより削除されましたが、そのためにアムロの精神的成長が理解できない映画となってしまいました。

つまり、「機動戦士ガンダム」「Zガンダム」「逆襲のシャア」の3部作で描かれていた対立は、「重力に魂を引きずられた人々」と「ニュータイプ」の問題ではなく、ましてや連邦軍とジオン軍やエゥーゴやティターンズでもなく、本当は、一方ではアムロがひねくれ者の(?)少年から青年へと変化し、Zガンダムで恋愛し、逆襲のシャアではお腹の子供を守るために命をかけるまでの軌跡であり、もう一方ではシャアが少年期の恨みを晴らすために策をねり、子供を作る大人に嫌悪感を示し、ララァにこだわり続け、最後までララァに母を求めているということではないでしょうか?

まあ、簡単に言ってしまえば、大人になっていく少年と、いつまでも子供であり続ける大人との、対立こそが、3作品通してみたときに浮かび上がってくる構造になっているのだと思います。
ところが、シャアの、子供を作ることへの嫌悪は、TV版Zでは明示されず、逆襲のシャアに至ってはアムロの子を作るベルトーチカすらでてこないという事態になったことで、この対立がよくわからなくなってしまっているような気がします。その結果、シャアの言葉も意味不明になったというか・・

この観点をもとにガンダム論を書いてみようかと思います。
そうでもしない限り、シャアが何をしたかったか、何を言いたかったのかまで含めて意味不明になってしまうのではないでしょうか?

さて、映画Zガンダムの第二作のテーマは「恋人たち」です。私はてっきり、「逆襲のシャア」の映画版での改変を受け、ベルトーチカは完全に消えてしまうのかと思っていましたが、予告編の感じからすると、うれしいことに、フォウと並んでメイン・ヒロインの一人として登場するようです。

となれば、後はむしろ「逆襲のシャア」のディレクターズカット版として「逆襲のシャア ベルトーチカチルドレン」を再作成してくれればなーというのが、私のガンダムに関する最大の夢です。
そうすれば、映画「機動戦士ガンダム」3部作と「Zガンダム」3部作と「逆襲のシャア ベルトーチカチルドレン」をあわせて10数時間かけて一気に見たとき、本当の対立がようやく見えてくると共に、アムロの成長の過程が十分にわかり、誰もが感動に涙してしまう新しい作品が生まれるのではないでしょうか?

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Comments

はじめまして。通りすがりの最近ガンダムが少し気になりだした青年です。ほんとに昨日ぐらいからなんでガンダムについてなんて アムロ→パーマの人 シャア→パーティーメガネの人 くらいな杜撰なイメージしかもってません(ファンの方ホントすみません)。ですがきのうお友達がガンダムについていろいろ話してくれたのでちょっと気になり始めて、実はあさっての日曜日に今やってる映画を見に行くことにしました(もちろん友達と)。ここのブログをさかのぼって見させていただいたんですけど、やっぱりガンダムってただのロボットアニメじゃなかったんですね。一体私になにがわかるのかなんて全然予想もつきませんが、映画見終わったらとてもとても幼稚な感想になりますけど書かせていただこうかなと思っています。みなさんのガンダムに対する愛なるものが私にも少し芽生えれば嬉しいなぁと思う今日この頃です。ありがとうございました

Posted by: 新規ガンダムファン暫定 | June 10, 2005 at 09:07 PM

今回のZガンダムの映画は、初めてガンダムを見る人でも楽しめるはずというのが、富野監督の自身の言葉です。
私なんかは、あくまでもTVとの比較でしか見れないために、素直な感想が浮かばないところが自分で残念な気もします。
是非、映画見に行って、感想書き込んでください!
また、次回の映画第二作までに、最初の「機動戦士ガンダム」の映画を見ておくのもいいかもしれません。

Posted by: yasuaki | June 11, 2005 at 11:36 AM

はじめまして。snotanと申すものです。
いつも考察や評論を読ませていただいてます。イデオン論は特に興味深く読ませていただきました~。

「逆襲のシャア~ベルトーチカ・チルドレン~」は、ぜひ映像化してほしいですね!私も小説版のほうがお気に入りなので。とりあえず、当分はZの映画に注目ですが。

ガンダム論、期待しております☆
がんばってください。

Posted by: snotan | June 11, 2005 at 11:05 PM

ありがとうございます。自分でいうのもなんですが、イデオン論はとても気合を入れて書いたものです。
Zガンダム論はまだ途中で、今一歩な内容なので、イデオン論に負けないよう、じっくり考えているところです。(それで書くのが止まってます)。
それが終われば、次はここに書いたようなガンダム論も書きますので、是非読んでいただけるとうれしいです。

Posted by: yasuaki | June 12, 2005 at 08:17 AM

こんばんは、このあいだここにコメント残したものです。今日例の映画Zガンダムをみてきたのでその感想を報告したいと思います。とても幼稚な見解でしか述べれないとは思いますがとにかくがんばって書いてみたいと思います。
さて、最初に述べておきたいのはガンダムを知らない人がこの映画を初めてみてどれほど物語を理解できるのかということですが、私を含めほとんどの素人の方が無理だと思います。一応その理由を自分なりに考察してみたので、以下にポイントを挙げながら説明していきたいと思います。まず、なぜ素人の方がガンダムのストーリーを把握できないのか?第一に、それは使われている用語とか世界観などがどうこうというよりも、

どちらのサイドが「いいもの」でどちらのサイドが「わるもの」なのかがわからない

ということにつきると思います。おそらくこの作品にはもはやそのような一方を善とし物語を進めていくやり方ではなく、Zという世界を「さまざまな人の目線でリアルタイムに映しだしてあくまでも中立的」に表現していっているんだと思います。しかし、そのような多角的にアプローチする方法では、感情の移入ができないぶん、どうしても自分の立場がとりずらく話の筋道というものに疎遠になってしまうのではないかと私は思いました。「一体どっちが悪者でどっちがいいものなのだろう?いい方がわかればそちらを応援できるのに!」私は映画の序盤はずっとそのようなことを考えてました(それ以降はもはや諦めてただ見ることにしましたが)。第二に、それを助長するかのように

この物語をいざなう特定の水先案内人がわからない

ということです。普通ほとんどの映画で(とくにロボットものなどはそうだと思うのですが)間違いなく主人公なるものがいて、物語が進むにつれてその主人公が成長するなりなんなりして、その人物がどのように物語に関っていくのかを描くのが、個人的ですが、一般のストーリー物のセオリーだと考えていました。確かにこの映画でもカミーユ君あたりがそれにあたると思い、彼を中心にこの物語を見据えていこうと思ったのですが、彼を見ているとどうも悪いサイドの人間だと思えたので、私は彼がどうやら最も重要な人物ではないと判断し(それはかなり無意識に行われたと思います)この物語の最も重要な人物は一体誰なのかを探し続けました。しかし、後になって先ほど述べたように、「この物語はいろんな人の目線によって成り立っているんだ」と察したときには、もはやなにがどうなっているのかは目まぐるしい展開によって捉えようのないものになっていました。ここで追記しておかなくてはならないのは、「この物語がたくさんの人の目線から構築されているために、案外ろくでもない脇役にもなんらかの背景があり個性がある」ということです。結局はこのせいで、一体誰が重要人物なのかという妄想を長きに抱くこととなり、気づいたときには事の起こりさえ思い出せない事態に至ってしまったわけです。加えて、人物の多さと、古い映像と新しい映像を混合するという手法に、もはや今出ているコイツはさっきのヤツなのか?それとも新しいキャラなのか?」という混乱にも陥り、それが私の理解への諦めへを後押ししました。では、今回のこの映画は残念ながら監督の富野さんが言っていた「初めてガンダムを見る人でも楽しめる」という言葉が嘘であるということを示すものになってしまうのでしょうか?いいえ、これはきわめてNO!です。なぜなら私はストーリーを全く追いきれなかったおかげで、いわば完全に物語を無視して映画をみれることになったからです。これが意味するのは、先ほど述べた「ひとりひとりに充てられたキャラクターの個性」を愉しむことができたからです。随所に出てくる個性やその人物の背景は私に端的に面白みを与えてくれました(幾度か出てきたオジサンの回想に映る女性のシーンなどはまさに関係なく笑いました)。そういう意味で富野監督の言った「初めてガンダムを見る人でもたのしめるはず」というのは見事に達成されたと思います。あと付け加えるなら、私はこの1部作を見て「間違いなく3部作まで見通しても理解できないだろう」と思いましたが、同時に「ぜひこの物語をちゃんとわかるようにもなりたい」とも思いました。それは監督の意図したもなのかそうでないのかに関らず、ガンダムなんて見向きもしなかった先ごろの少年にガンダムのすばらしさを見出させるための可能性を与えたのは大変すごいことだとおもいます。まだまだ未熟者ですがとりあえず機動戦士ガンダムあたりからみていこうかなとおもってます。さいごに、このような駄文をわざわざ載せていただける機会を与えてくださったyasuakiさんにはとても感謝しています、ありがとうございました。

Posted by: 新規ガンダムファン | June 12, 2005 at 10:53 PM

訂正:15行目の「とりずらい」は「とりづらい」の間違いです。別段ですが、ひさしぶりにたくさん考えたなあと思います。だから、ほぼ毎日ハイクオリティな記事を書くyasuakiさんてホントにすごい人なんだなぁと改めて感心させられました。これからも応援してます、がんばってください

Posted by: 新規ガンダムファン | June 12, 2005 at 11:03 PM

丁寧に書き込んでいただき、ありがとうございます。ガンダムシリーズを全く見たことの無い方の映画「Zガンダム」評というのは、とても貴重なので、興味深く拝見させて頂きました。

話がわからずとも楽しめたなら、それはとてもいい経験をされたと思います。ある意味、とてもうらやましいです。私などは、20年前から知っている話なので、TVとどこが同じでどこが違ってというような確認作業になりがちなので・・

また、私が初めて見たときはどうだったかというと、やはり前作の「機動戦士ガンダム」のイメージが濃厚で、素直に新しい物語を見れなかった記憶があります。


それはともかく、Zガンダムという物語特有の性質は十分に味わわれたようですね。普通のガンダムシリーズや富野作品全般はもっと対立構造や主人公、テーマが明確なのですが、Zガンダムだけは、TV版を全部真面目に見ても、なんだかよくわからないところが残る作品です。
とくに初めて映画を見た場合、どれほどわかりにくいものか、文章読んでいてなんとなく想像することができました。非常に納得しました。

「案外ろくでもない脇役にもなんらかの背景があり個性がある」
というのは、富野作品の特質のひとつですが、
・物語の水先案内人がいない点
・「いいもの」「わるもの」がわからない点
・さまざまな人の目線で話が進む点

などは、特にZに強く出ている特長だと思います。そのため、物語のテーマがわかりづらい面もあるのですが、今回の映画化では、3作通すとはっきり見えるように作るのではないかと思っています。

是非、第二作までの空き時間を利用して、最初の「機動戦士ガンダム」を、映画版3部作だけでも見ておくことをおすすめします。そうすると、特に第二作は楽しみやすいのではないかと思います。

また、是非第二作以降の感想も書き込んでください。

Posted by: yasuaki | June 13, 2005 at 01:09 AM

はじめまして。久しぶりにΖガンダムを見たら、やがてイデオンのことが考えたくなり、こちらにたどり着きました。WEBサイトのコンテンツのほうも、ようやく概ね目を通させていただき、特にエヴァの関係には知識が薄かったので、大変勉強になりました。
「アニメーションを本格的に評論する」というのは大切なことだと思います。難しいのは、それらをめぐる膨大な情報量をどう過不足なく見るかということのようで、例えば富野氏、宮崎氏、庵野氏のどれもが作品として優れているとは思っても、その中での「好き嫌い」は個人の中ではむしろあって当然。そういう中でyasuakiさんの考察は、偏愛せず、粗探しもせず、しかし個々への洞察は大変深いもので、正直感服をしました。
「Ζガンダムが初見の方にどう見えたのか」は私も大変関心があったところですが、「物語を無視することで作品を楽しむことができた」というご感想は、やっぱりそうか…と思いながらも、富野監督としては残念な結果なのだろうなと思った次第。
完成度というのは微妙な言葉ですが、宮崎氏、庵野氏に比べ、富野氏には破綻が目立つような印象があります(一概に言う事には語弊もありますが)。それなのに、正直に「好き嫌い」を告白してしまうと、私は富野氏がどうしても好きなのです。そこのところの謎が、個人的に大変気になっているところで、これらの監督たちを対比していくような考察には、今後も大いに期待を寄せております。
ところでyasuakiさんは「∀ガンダム」はあまり評価されないのですか?私も富野監督が劇場版Ζの前にしきりに口にしていたので、うかつにも未見だったそれを最近初めて見て、衝撃を受けました。富野氏の仕事の中で抜きん出て完成度が高い作品だと思われましたが、それが興業的にはあまり成功をしなかったということも、私には気になっている事象です。
作品には作家の人間性が投影される、としたときに、「よい人間性」「あまりよくない人間性」で前者が選択され支持を受けるのであれば、やむを得ないことと思うのですが、現実はそうばかりではないようです。「物語ではなく、作品の構成要素が視聴者をひきつける」という現実に、富野氏は問題意識を表明しているのだと思うのですが、しかし必ずしも成功はしていない。このことは今日のアニメーションの最も重要な問題の一つだと思うのですが、どのように思われますか。

Posted by: ずもっく | June 14, 2005 at 04:57 PM

初めまして。富野作品には、私もいろいろな思いがあり、正直言って嫌いな面もあれば、とても好きな面も多々あります。
変な例ですが、「ザンボット3」なんか、毎回、「何のために、誰も見たくないような、こんな話を作ってんだろう」と強く思いましたが、最後の最後までいって、全てはこの一瞬のために、24話積み重ねてきたのかとショックを受けました。
そして、それ以前の諸作品「海のトリトン」「ライディーン」その他多数で、常に降板させられたり、視聴率がとれずに打ち切りになったりを繰り返しているにも関わらず、明らかに視聴率をとれない作品を、ラストの一瞬を準備するために24話放映したことに、畏怖の念さえ覚えました。

さて、「∀ガンダム」の話は、実は聞いて欲しくなかったところです。
正直言って、まだ全部見おわってません!
見てる範囲ではすごくいいと思っていますので、そのうちちゃんと書きたいと思っています。
同様に「ブレンパワード」もちゃんと見てません。
富野ページを作りながら、話題が「ザンボット3」「イデオン」「ガンダム」「Zガンダム」に偏っているのはそういうわけです。
昔見ていた作品ばかり・・
まさに、富野作品を語る資格もないのですが、「ザンボット3」のページもほとんど存在しないようだし、「富野作品」全般のページは世に必須であろうという主旨でとりあえず立ち上げました。
今は、「Zガンダム論」が難航しているのですが、書き終わり次第、全ての富野作品を論じるページにしたいと思っています。「ザンボット3」論は頭の中では完成済みですが、「Z」をともかく書き終わるまでは、他作品を見たり、文章書いたりはしないつもりです。
今は繰り返し「Z」を見ています。
というわけで、最後のご質問にはまだ答えられないのですが、「∀ガンダム」もできるだけ早く見ていろいろ書きたいとは思っています。
ホームページを時々みてもらえれば、これも増えた、あれも増えた、みたいな感じで、富野作品全般を論じられるページにしたいと思います。
(個人的には[Z]映画完結の頃までには、「海のトリトン」まで含めた総合富野ページにしたいものだと思っています。)

Posted by: yasuaki | June 15, 2005 at 01:26 AM

「海のトリトン」「ライディーン」「ザンボット3」嬉しい題名が並ぶものですね(笑)。特に気になるのはライディーンですかね。事情が良くわからないのですが、途中降板だとか。でも誰が監督かなんて知らずに見ていたあの頃は、終盤の物語にもかなり感動しながら(というか幼いなりに衝撃を受けながら)見ていた記憶があります。ザンボット3もいつかちゃんと見直さなければ、と思っている作品です。
これだけのサイトを運営されているすごいエネルギーに心から敬服いたします。注視してまいりたいと思いますので、コンテンツを更新されたらこちらのブログでご紹介くだされば幸いです。

Posted by: ずもっく | June 15, 2005 at 09:08 AM

このへんの作品は、私も、とても好きだったのですが、子供だったので記憶がさだかではないです。ザンボット3だけは後に見直したから強烈に覚えていますが(^^)
ライディーンは、富野作品部分は最初の3話までだったと思います。オカルト色が強くて降ろされたそうです(自伝による)。
どう強かったのかは、私も見直さないとよくわからないレベルですが・・そのへんのオカルト色が後にニュータイプやイデの発動を生み出したのかな?と思います。
なお、コンテンツを更新した場合は、必ず1日以内にブログでも紹介しますので、ブログを見てもらえれば、更新状況はわかるようにします。

Posted by: yasuaki | June 16, 2005 at 07:35 AM

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