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May 14, 2005

日中問題3(戦争の発端)

日中問題を考える3 戦争の発端
さて、戦争責任の話にいくのですが、その前段階として、そもそも日本はなぜ当時戦争を始めたのでしょうか?
実は、これがとても難問で、そもそも、誰も理解していないのではないでしょうか。
その意味では、確かに、各国から批判があるように、日本は自国の歴史を知らなすぎるといえます。
戦争がどのように始まり、誰が得して、誰が損したのか、当の日本人そのものが、あれほど多くの犠牲を出しながら、理解していないのですから。

ところが、じゃあ、偉い学者の書いた本でも読めば、誰もが納得できる見解にたどりつけるのかというと、そうでもありません。

日中戦争やそれ以前も含めて考えると話が複雑なので、例として、以下、太平洋戦争に限って考えます。

正直言って、私も少々(一般書の範囲で)読んだのですが、太平洋戦争だけでみても、いまだに理解不能です。

例えば、戦争をしたかったのは誰なのか?

一見、戦争を主導したように見える人たちをざっと見てみると・・

満州事変の首謀者の一人であった石原莞爾は、あのタイミングでの戦争には反対していました。
三国同盟を結んだ松岡外相も、彼なりの視点で反対していました。
昭和天皇も反対していて、それで陸軍大臣東条英機を首相に指名します。
東条英機は、もともとは開戦派だったのですが、昭和天皇の意をくみ、戦争回避に全力をつくそうとします。
戦争が決まった時は、自室で号泣していたそうです。
海軍は、そもそも、反対でした。

いまあげた人たちは、もともと平和主義というわけではないのですが、それでもあのタイミングでのああいう戦争には反対していたわけです。

では、善悪とは別に、戦争を前提としたシミュレーションの結果はどうだったのか?

陸軍:純粋に中国陸軍との戦いだけでシミュレーションしても負け。(海軍の状況や爆撃機、米軍も除く)
海軍:サイコロの目をズルしてやり直しても負け。
全体として:総力戦研究所で、補給から何から全て含めてシミュレーションしても当然負け。

(参考:以上の話は、「昭和16年夏の敗戦」猪瀬直樹著と「ある異常体験者の偏見」山本七平著から大部分をとっています)

全員、理屈は違うのですが、あのタイミングで日米戦争を起すことは、誰もが避けようとしていましたし、シミュレーションしても全て負けでした。
実際、半年のミッドウエー海戦が終わった時点で、軍部内でも、事実上の敗戦決定と考えていたようです。(それから何故あそこまでひっぱったかという別問題もありますが)
戦争推移もおおむね予想通りだったようです。
もっとも、陸軍は、自分達が米兵と戦うことになるとは想像していなかったようです。

軍の一部は、確かに強硬に開戦を主張していました。
私も勉強不足でよくわからないのですが、参謀本部などは徹底して戦いたかったようです。

そもそも、先ほども書きましたが、陸軍は、実際にアメリカと戦うことを自分達の現実的な問題としては、あまり考えていなかったようです。あくまでも、海軍が戦うという話で。

陸軍の実態は、山本七平氏の一連の著作を読むとよくわかるのですが、彼も、捕虜収容所の中で、あらゆるレベルの人に、何故日本は戦争を起こしたのか聞いて回ったそうです。
その結論が、「空気の研究」などの日本人論にいきつくわけです。誰の責任で決めるわけでもなく、理屈があるわけでもなく、場の雰囲気に流されて、話が進んでいくという。

その結果、多くの人にとっては、何がなんだかわからないままに、いろいろな事が進行していくことになります。

実は、このへんの状況は、現在の日本でも、あまり変わっていないのではないでしょうか。
その点、よくよく考えておかないと今後に不安が残ります。
現在の政治もそうですし、大企業づとめの方には、会社組織の意思決定でさえ不明瞭だと思う方も多いでしょう。
歴史の教科書で本来書かなくてはいかないのは、こういうことではないでしょうか。
誰が何の利益で、どういう考えではじめたのかわからない戦争で、全体でどれだけの人が死ぬことになったのかというところです。
(ウーム。ボトムズのような表現だ)

もっとも、参謀本部の人の議論含め、当時の人の話を読んでいると、基本的に、領土拡張して資源をとっていかない限り、国としての未来はないという考えのようだったように思えます。
その意味では、第一回でふれたカーデシア人のセリフ

「カーデシアもベイジョーの資源が必要だったんだ! 生き延びるためにはな。私がしたことは全て母国カーデシアのためなんだ!…それでお前たちが苦しむことになっても、どうでもよかった。」

に近かったのだと思います。
それにしても、全てのシミュレーションが破綻している状況で戦争を起してどうなると考えていたのか、やはり謎ですが・・

あまり考えてなかったのかな?
そういえば、山本七平氏の批判のひとつは、考えたり意見を言ったりすることを一切禁止していた軍隊文化に向けられていました。参謀本部でさえ、そうだったのでしょうか?
たしかに、参謀本部内でも、情報部門は低く見られていたといいます。このへんは、もう少し調べようかと思います。

さて、話がずれましたが、日本のような国での意思決定の分析は、とても難しいと思います。逆に言うと、積極的に戦争を選択した意図がある人はほとんど存在せず、かといって、断固として反対しぬいた人もいないまま戦争に突入し、後になって、戦争責任と言われても・・という感じになるのではないでしょうか。
一般のほとんどの人にとっては、被害者意識しかないはずです。
そのへんが、各国間の意識のギャップを生み出すような気がします。

上記のいくつかの書物の中では、戦争開始に大きな影響を与えながらも、何の罪にも問われず、戦後もそのまま活躍(?)した人々として、官僚とマスコミ関係があげられていたとだけ、ここでは書いておきます。
しかし、最も大きな要素が、仮に、山本七平氏の言うように、議論やロジックではなく場の空気で話が決まっていく国民性にあるのであれば、官僚やマスコミも、空気の流れを拡大したにすぎないのかもしれません。
その意味では、本質的には、現在でも、あまり変化していない問題なのかもしれません。

さて、アニメに話を移します。
戦争開始の経緯で、とても秀逸なのは、伝説巨神イデオンです。そもそも、戦う意思の無い2つの異星人(バッフクラン人と地球人)が出会います。バッフクラン人の、愛の力を信じるお嬢様(カララ)が、異星人に興味を持ち、交流を図ろうとするところから、お互いの誤解が生じます。
お嬢様の身に何かあったら自分の責任だとあせるバッフクラン人。
敵が攻めてきたと驚く地球人。
相手への攻撃の意図はどちらにもないのに戦端が開かれます。
地球人は、たまたま見つけたイデオンでバッフクラン軍を追い払いますが、逆に、それがバッフクラン軍を恐怖させ、より多くの軍の派遣をもたらします。
後に、話し合おうと地球人は白旗をあげますが、バッフクラン人の文化では、それは徹底的な戦いを意味するもので、戦いは継続します。

そもそもは、愛と好奇心で始まった物語が、そもそもは戦う必要のない2つの星の住人を泥沼に落ち込ませ、お互いを滅ぼすことになる様は、見ていて圧巻です。                               
ちょっと、先ほどの日本開戦の経緯と比較すると美しすぎますが、人間同士の誤解や、異なる文化を持つものに対する不信感、プライドなどが、果てしない憎悪の連鎖を呼び、滅びをもたらす点は、よく描けていると思います。
                                   
大体において、富野作品は、その気もないのに戦争に巻き込まれていくストーリーが多いため、個人視点での戦争への巻き込まれ方は秀逸なものが多いのですが、戦争の発端そのものから丁寧に作りこんでいる点では、イデオンは特に優れています。
もっとも、戦争の全体像だと、ガンダムの方が多面的に描けていると思いますが、一般庶民の視点や被害という点では、ザンボット3が丁寧です。

さて、どうのこうのいいながら、一作品で戦争の全体像を理解するには、実はロボットアニメはすぐれているのかもしれないと思います。(この点では、富野作品がベスト)

映画や小説、評論、分析ふくめ、両国の一般人視点から、政治家視点、兵士視点まで同時に語っている作品というのは、あまりないのではないでしょうか?

「アニメは全てを表現すべきであるという信念がある」(by富野監督)

この、富野作品の持つ特質をさらに十分に生かすには、アニメよりも、ヴァーチャル感と分岐に優れているゲームという媒体の方が優れている気がします。

そのようなガンダムゲームというものが誕生してほしいものです。

「Sim CITY」シリーズのような感じで、ガンダムの一年戦争を、一般人視点でも、学徒兵視点でも、政治家視点でも、官僚視点でも、兵士視点でも、企業視点でもシミュレーションできるようなゲームが生まれれば、それは、今までのどんな媒体よりも、戦争の全貌というもののイメージをつかませてくれるかもしれません。

もし、「ギレンの野望」がそういう方向に進化してくれれば、アニメとゲームは、たぶん、小説や映画より、よほど高い次元に達することができると思います。

それから、スタートレックシリーズが宇宙人同士という虚構の世界を使うことで、かえって、ドキュメンタリーや現実を舞台にした小説以上により深く目の前の現実の諸問題(人種問題、政治問題、戦争、ジェンダー、宗教など)をあぶりだしているように、そういう方法論のロボットアニメも、そろそろ出現して欲しいなーと思います。

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Tracked on October 13, 2007 at 01:45 PM

Comments

また。終戦の日がやって来ますね。今年も靖国でアジアが騒いでいます。
 さて。前から気になっていたのですが、統帥権の問題で陸軍の軍人って解任するのが難しいよね。なのに日本陸軍の軍人てドイツに留学に行ってるが、もしドイツで買収されたらどうなるんだろって考えた事ありますか?
 ヒットラーに買収されて偽の命令を出しても統帥権問題で解任出来んよね。
 石原寛治はドイツに留学してるし、東条英機はドイツ駐留武官だったそうだ。ドイツ人の双頭の戦略によって乗っ取られたか?
 靖国に裏切り者が居る様に思えるのは俺だけかな?

Posted by: まつりん | May 18, 2005 at 08:36 PM

解任の問題は知りませんでした。ドイツに影響されたという指摘では、松岡外相が有名ですが、軍人も親独派の人は結構いたかもしれないですねー。どこまで影響されたのかはよくわかりませんが。周り見てても、留学した人は、大体その国が好きになるようだし・・

Posted by: yasuaki | May 19, 2005 at 12:18 PM

そもそも日本はなぜ当時戦争を始めたのでしょうか?
実は、これがとても難問で、そもそも、誰も理解していないのではないでしょうか。

と、ありますが、これには一つの答えがあります。どこにその答えは書かれているか、というと、「近衛上奏文」という文章です。この上奏文についてはwikipediaで「近衛文麿」を検索してみましょう。引用すると、

「大東亜戦争」は日本の共産化を目的として行われて来た

ということです。近衛文麿による一つの答えです。

Posted by: | July 15, 2006 at 05:17 PM

スタートレックシリーズはアメリカの番組ですから、人種やジェンダーにフェアーになるように制作されています。しかしこういった「政治的正しさ」は嘲笑の的となっています。たとえば、パワーレンジャーという日本からアメリカに輸入されている番組があります。これは戦隊ヒーローものと呼ばれていて5〜6人のヒーローがグループで活動するドラマです。このヒーローたちは戦闘時はフルヘイスのマスクをつけます。素顔のシーンは、アメリカ版では当地でキャストをかえて作り直しています。このグループのメンバー構成を、アメリカ版では人種とジェンダーに配慮して選んでいます。このようにアメリカでは、やたらと「政治的正しさ』を担保しようとするのです。

Posted by: | July 16, 2006 at 12:09 PM

戦争史マニアは世界にいます。ヨーロッパではナポレオン戦争、アメリカでは南北戦争、中国では三国志、日本ではガンダム。なんで、日本では虚構の戦争にこれほどまで関心があつまるのでしょうか。それはガンダムのロボットアニメとしての先祖、鉄人28号にまでさかのぼってみればあきらかです。鉄人28号は太平洋戦争末期に開発された兵器です。28号は、これを実戦に投入出来ていれば日本は戦争に勝てたであろうスーパーロボットです。つまり、ガンダムは、鉄人28号と同様、ある種の「架空戦記」であり、ガンダムを含む富野作品をリアルに感じてしまう人々は、「架空戦記」にいくら嫌悪を示しても、「架空戦記」愛好家と根は同じです。

Posted by: | July 16, 2006 at 07:03 PM

第二次大戦から多くを引用していることは、ガンダムマニアには承知の事実です。一見すると、ガンダムと第二次大戦を比べて、地球連邦=連合国側、ジオン=枢軸国側となるように見えます。しかし、注意深くガンダムを見ると違う様相が見えてきます。まず、ガンダムという兵器RX-78は地球連邦がジオンに逆転するために開発された、という設定です。これはガンダム=鉄人28号ということを暗に示しています。いちいち検証しませんが、地球連邦=大東亜共栄圏、ジオン=連合国側(アメリカとソビエト)ということがわかります。

Posted by: | July 16, 2006 at 07:26 PM

大体において、富野作品は、その気もないのに戦争に巻き込まれていくストーリーが多いため、個人視点での戦争への巻き込まれ方は秀逸なものが多いのですが、戦争の発端そのものから丁寧に作りこんでいる点では、イデオンは特に優れています。

とあります。しかし、これは「博士の異常な愛情」という映画のパクリ(著者は、この言葉を否定的な意味でつかっていません)です。そもそも富野監督はイデオンを「2001年宇宙の旅」の東洋版といっています。「2001年」とおなじ監督の「博士の〜」を富野監督は見ていると思います。些細なことから事態は発展し最終的には大惨事に帰結する、という作劇は他にもたくさんあります。イデオンや「博士の〜」のように戦争に材をとらなくて、たとえば「死刑台のエレベーター」のような些細なことから犯罪が露見してしまう、といったような映画もたくさんあります。

Posted by: | July 16, 2006 at 07:40 PM

いろいろご意見、情報ありがとうございます。私も、まあ、それらの点についてはいろいろと思うものもあるので、おいおい、ブログかホームページで書いていきたいと思います。

Posted by: yasuaki | July 16, 2006 at 11:22 PM

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