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May 24, 2005

哲学とアニメ1(エヴァとボトムズ)

アニメを見ていると、製作者が、ある哲学者の言葉を使う例が結構あります。
例えば、新世紀エヴァンゲリオンにおける題名「死に至る病」が、キルケゴールからきていたり、
装甲騎兵ボトムズにおけるいくつかの言葉がニーチェからきていたりというように。

ぱっと見、あまり意味はなさそうに考えられますが、つきつめてみると結構リンクしているように見えるところが面白い点です。
「死に至る病」の例で言うと、言葉の意味だけ言えば、熱心なキリスト教徒における絶望を意味していますが、アニメがらみで言うと、エヴァンゲリオンもキリスト教がらみの概念が多数でてくる話でした(使途、エヴァ、ロンギヌスの槍、その他多数)。
さらに、キルケゴールの思想には「反復」という概念があり、これは、シンジが、何度もエヴァをおりてはまた乗ることや、ラスト近くにおける、「何度も裏切られるんだ・・でも・・」という言葉にもシンクロしています。
このへんを整理だてて考えるのは、一苦労ですが、近いうちにまとめたいと思います。

同様に、装甲騎兵ボトムズにおいては、ニーチェの言葉が出てきます。
最も印象深く使われているのは、「神は死んだ!」なのですが、そもそも、ボトムズの物語自体、ニーチェの哲学のいい例示になるような気がしています。
ボトムズ論を作成しおわり、新連載開始とともにホームページを立ち上げようと思っていますので、そちらのページにこのへんはまとめたいと思います。(ボトムズで学ぶニーチェ、とかも面白いかもしれません)

哲学的概念がアニメ分析にどこまで貢献するかは、アニメ作品にもより、解釈力にも(こじつけになってしまうこともあるでしょう)、製作者がその言葉を使った思いの強さにもより、様々ですが、面白い例は、今後も紹介したいと思います。

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