ハワイのクリスマス(手塚プロ再評価に向けて)
今年になって、初めてのブログです。皆様、今年もよろしくお願いします。
去年、12月に早めに休暇をとった関係で、新年は、仕事に追われており、ホームページをアップする余裕もありませんでした。
今後は、定期的にアップしたいと思います。
さて、今回もハワイに旅行に行ってきました。ハワイについては、旅行ページの方で、専門ページを作りたいと思います。
しかし、とりあえず、今回は、ハワイのクリスマスについてです。
ハワイでクリスマスを過ごしたのは今回が初めてでした。南国なのに、やはりクリスマスやサンタのお祭りはやるんだなーと妙な感心をしました。
さて、夜ホテルに戻り、「カートゥーン」チャンネルをつけました。この局は、昼の時間帯は、日本でもやっている「カートゥーン・ネットワーク」で、夜は大人向き(残酷描写あり)のアニメに変わるチャンネルです。ここ数日、毎日サンタネタ、クリスマスネタばかりです。いよいよ、クリスマス当日は、何を放送するのだろうと見てみると・・
何と!夜から朝にかけ、白黒バージョンの「鉄腕アトム」一挙放送でした!
なぜハワイの人たちは、クリスマスの夜に鉄腕アトム(しかも白黒版)を朝まで見るのだろう??いつもながらに、ハワイは奥が深い・・
などと思いながら、私もずっと見続けてしまいました。
興味深い点のひとつは、鉄腕アトムは、ハワイでは大人向けの番組として放送されているということ。つまり、表現が残酷だということです。
また、今から見ると、最初の白黒時代の鉄腕アトムは、表現力が非常に優れているという点です。
手塚漫画自体にも言えるのですが、昔の手塚作品や手塚アニメは、漫画的な表現がとても多かったものです。また、アニメならではの表現も非常に多彩でした。
何年か前に、ジャングル大帝の第一話を久しぶりに見て、その映像クオリティにビックりしたことがあります。
昔は、日本のアニメはこんなに表現力が豊かだったのか・・と思う一方、いつから日本のアニメは、物語を追うだけになってしまったのかと考えました。
おそらく、漫画の世界で劇画ブームが起こり、漫画的な、現実にはありえない表現がバカにされるようになったことが一番大きいでしょう。実写的な表現の方がリアルだと考えられ、漫画やアニメの世界が高尚になったように思われていたのが、70年代~90年代だったと思います。当時、多くの人が、日本のアニメのクオリティは世界一だと思っていました。
しかし、90年代以降、シンプソンズのようなアニメが持つテーマの多様性や、2000年以降のタルタコフスキー監督の諸作品(スターウォーズが有名だが、表現力としてはサムライ・ジャックが一番かな?)を見て、日本のアニメは、実は停滞していたのかな?と私は思いました。
それが、白黒時代の鉄腕アトムは、現代のアメリカのカートゥーン番組と比べても、まったく遜色ない表現力を持っていたのです。もちろん、ストーリー的なテーマも素晴らしい。
なぜ、ハワイで、いくつかある鉄腕アトムのバージョンの中で、カラー版ではなく白黒版の鉄腕アトムがクリスマス特別放送されるのか、わかる気がしました。おそらく、いくつかあるカラーバージョンよりも、白黒版の鉄腕アトムだけが、現代のアメリカで通用するだけのクオリティを持っているからだと思います。
途中で寝てしまったので、何話放送したのかわかりませんが、富野監督の作品なども放送していたのでしょうか?
考えてみれば、虫プロは凄いものです。
宇宙戦艦ヤマトのスタッフも虫プロ出身。ガンダムの富野監督も虫プロ出身。
2007年のハワイのクリスマス放送で選ばれたのも、虫プロ作品。
その他多数の名作が、虫プロ及びその出身者から作られていることは言うまでもないでしょう。
しかし、どうも、世間的には虫プロは評価が低いのではないでしょうか?
それもそのはず、何といっても、虫プロを徹底的に批判しているビッグネームは多数います。
平井和正氏、富野監督、宮崎駿監督など、それぞれの視点で、虫プロを徹底的に(?)けなしています。
でも、まあ、同業の人には、同業者ならではの視点があると思いますが、単なるファンの立場で考えると、手塚治虫がアニメで果たした功績というのは、比類なきものです。
手塚作品(虫プロ作品含む)について、批判も含めて再評価するようなページを作りたいなと思いました。
とりあえず、最初のテーマとしては、「海のトリトン」における手塚治虫VS富野監督の対決あたりを扱いたいと思います。
この点については、とりあえず、以前書いた、海のトリトンと逆襲のシャアの関係をお読みください。



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